PAiD(有給)というプログラム名は何を意味しているのか——LA郡における公共芸術の制度設計の更新
- Arts&Considerations Tomoki Sakuta

- 10 時間前
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「PAiD(Public Artists in Development)」。このほどロサンゼルス郡政府芸術部局Department of Arts and Culture(以下、Arts and Culture)が立ち上げた新しい公共芸術プログラム(https://www.lacountyarts.org/opportunities/public-artists-development-program )には、あえて「Paid(有給)」を想起させる名称が付けられています。この直球のネーミングは、どこに意味があるのでしょうか。
このプログラムはAndrew W. Mellon Foundationによる助成金を財源として、LA郡Arts and CultureのCivic Arts部門が実施するもので、プログラムの開発と運営にはアートコンサルタントのDyson & Womackが支援に入っています。
参加アーティストは単に研修に参加するだけではなく、一定額の予算や報酬が明示的に付与されます。たとえば、Artist Councilプログラムに選ばれたアーティストには、テンポラリー作品制作のための22,500ドルのプロジェクト予算(アーティストフィー、制作・設置費、保険・許可申請費などを含む総額)と、プログラム参加に対する5,500ドルの謝金(stipend)が支払われます。為替を1ドル=150円で換算すると、両者の合計28,000ドルはおよそ420万円規模になります。
また、Public Art Apprenticeshipプログラムでは、各アーティストに対して100,000ドルから200,000ドル(約1,500万〜3,000万円)のプロジェクト予算が割り当てられ、その中に20%のアーティストフィーが含まれます。さらに、研修・会議への参加に対して別途5,500ドルの謝金も支払われます。
どちらも、いわゆる「研修」や「育成プログラム」という言葉から想起される水準とは、明らかに異なります。この背景を考える前に、もう少し各プログラムの中身を見ていきましょう。
Artist Council:制度に関与する回路
Artist Councilは8名のアーティストで構成され、公共芸術制度の改善に直接関与する役割を担います。参加者は、ロサンゼルス郡の公共芸術に関する選考プロセスや契約のあり方、コミュニティとの関係構築といったテーマについて具体的な提言を行います。単なる意見聴取にとどまらず、プログラム設計そのものにフィードバックを行う位置づけであり、外部評価者というよりも内部の設計メンバーに近い役割です。なお、このRFQはLA郡在住であれば個人だけでなくアーティストチームとしての応募も可能とされており、公共芸術の経験が乏しいアーティストも積極的に募っている点が特徴的です。
同時に、各メンバーは公共空間におけるテンポラリー作品の制作も行います。プログラムの期間は8〜10ヶ月で、対話と作品制作という二部構成で進行します。制作と制度提言が並行して進む点に、このプログラムの特徴があります。
Public Art Apprenticeship:実務に入る回路
Public Art Apprenticeshipは、5名ずつ2期合計10名のアーティストを対象とした実務型プログラムであり、公共芸術における初の恒久作品の制作を目的としています。第1コホートは2025年2月に開始し2026年6月完成予定、第2コホートは2026年2月開始で2027年6月完成が計画されています。
参加者は、実際の公共空間(公園、図書館、医療施設などLA郡内の施設)に設置される作品を担当し、その過程で行政、施工業者、コミュニティなど複数の主体との調整を行います。あわせて、3ヶ月にわたる約80時間の正式なトレーニング(月1回の土曜セッションと週3回の平日夜間オンライン研修)を受けながら、予算管理、契約理解、施工プロセス、安全管理といった実務スキルを習得します。
これは演習ではなく実案件であり、公共芸術における「最初の実績」を制度的に確保する仕組みとして機能しています。
さて、このようなプログラム設計は、単に参加者に報酬を支払うという話ではありません。公共芸術の分野において長らく問題となってきた、参入の構造的な障壁に対する制度的な応答として理解する必要があります。
「アクセス」ではなく「構造」を対象とする動き
背景には、近年のアメリカにおける文化政策の文脈があります。連邦レベルでは、本ブログでも繰り返し取り上げてきたように、第2期トランプ政権以降、DEIという語彙自体が政治的に争点化し、またいわゆるアファーマティブ・アクションをめぐる制度環境も変化してきました。
一方で、非営利の芸術分野では、民間財団の資金を背景に、むしろこの10年ほどの間に取り組みは蓄積されてきました。ここで重要なのは、それが単なる参加機会の拡大にとどまらない点です。対象者を増やすというよりも、制度の設計や運用のあり方そのものを見直す方向に軸足が移っています。
ロサンゼルスエリアにおける制度的蓄積
PAiDを単体の新規プログラムとしてではなく、ロサンゼルスにおけるこれまでの取り組みの延長線上で捉えると、位置づけが見えてきます。
ロサンゼルス市では、Eric Garcetti市長期に、文化政策の実務においてコミュニティベースの経験を持つ人材が重視されました。それまでアドボカシー団体「Arts for LA」の代表を務めていたDanielle Brazellが、2014年にGarcetti市長によってロサンゼルス市文化局(Department of Cultural Affairs)のGeneral Manager(局長)に任命されたのはその一例です。従来の制度の外側にあったコミュニティの経験を政策に接続する役割を担う人材の登用という点で、象徴的な人事でした。
ロサンゼルス郡では、Los Angeles County Department of Arts and Cultureが推進してきたCultural Equity and Inclusion Initiative(CEII、2017年)が重要な基盤となっています。この取り組みの特徴は、理念の提示にとどまらず、実証的な調査に基づいて制度を更新してきた点にあります。
CEIIのレポートでは、助成配分と組織規模の関係について具体的な偏りが指摘されています。たとえば、郡内の文化団体の大多数を占める小規模団体(年間予算10万ドル未満)が助成金総額に占める割合はごく限定的である一方、大規模団体に資金が集中する傾向が確認されています。また、申請・報告プロセスに必要な人的リソースの不足が、小規模団体の参加を制約している点も明示されています。
こうした分析は、助成配分データとヒアリング調査の双方に基づいており、その結果として、助成制度の再設計やアウトリーチの強化、評価基準の見直しが進められてきました。このプロセスには、CEIIアドバイザリー委員会の発足時に共同議長(inaugural co-chair)を務め、後にBiden政権下でNational Endowment for the Arts(NEA)の議長(Chair)に就任するMaria Rosario Jacksonも中心的な役割を担っていました。
制度変更としての「一般運営費支援」
こうした調査結果を踏まえて、近年、ロサンゼルスエリアにとどまらず全米各地で進められているのが、従来事業費用にしか使えなかった芸術団体向けの助成金を、一般運営費(General Operating Support, GOS)へ使えるという、使途制限の撤廃です。
一見するとこれは、使途の柔軟性を高めるための制度改善に見えます。しかし実際には、より構造的な問題に対する対応として位置づけられています。CEIIや関連調査で繰り返し指摘されてきたのは、次のような資金循環の問題でした。
歴史的にリソースが限られてきたコミュニティの団体は安定した運営資金を持たず、その結果として継続的な事業実績を積み上げることが難しく、評価指標上も不利になります。実績が乏しいと判断されることで助成金や民間資金へのアクセスがさらに制限される、という悪循環です。
この循環のもとでは、プロジェクト単位の助成だけでは状況は改善しません。むしろ、組織の基盤そのものに対する資金的支えがなければ、制度への参加条件を満たすこと自体が困難になるという認識が共有されてきました。そのため、一般運営費支援は「助成の使い勝手を良くする」ための措置ではなく、資源配分の偏りを是正し、制度参加の前提条件を整えるための介入として導入されています。
この議論は、前回のポストで紹介したGrantmakers in the Artsをはじめとする助成団体ネットワークにおいても広く共有されています。
連邦・民間レベルでの展開
動きは地方レベルにとどまりません。National Endowment for the Arts全米芸術基金の「Our Town」プログラムに代表されるように、コミュニティベースの文化活動や地域参加を重視する助成設計が進められています。
また、民間側でも同様の認識が共有されています。たとえば、Andrew W. Mellon Foundationによる1,000万ドルの緊急投資を財源に、Arts Midwest、Mid-America Arts Alliance、Mid Atlantic Arts Foundation、New England Foundation for the Arts(NEFA)、South Arts、WESTAFというアメリカの6つの地域芸術組織(Regional Arts Organizations、いわゆるRAOs)が連携して実施した「United States Regional Arts Resilience Fund」(2020年)では、パンデミック下における文化団体支援として、プロジェクト単位ではなく一般運営費への支援が実施されました。ここでも、組織基盤への直接的な資金投入が不可欠であるという認識が前提となっています。
PAiD:制度設計と実制作を接続する二つの回路
今回のPAiDも、個人向けのプログラムですが、いま説明してきた団体への一般運営費支援と同様の問題意識から生まれています。公共芸術の分野では、実制作の実績がなければ次の案件に応募できないという構造が存在し、また個人のアーティストでも、活動基盤が弱いアーティストに対して資金的な支えがなければ実績を作ることが困難です。このプログラムはそのボトルネックを制度的に解消する仕組みとして機能しています。Artist CouncilとPublic Art Apprenticeshipという二つのプログラムは単に並列に存在するのではなく、制度設計と実制作という異なるレイヤーにアーティストを接続する回路として設計されています。
日本への示唆(調査に基づく制度設計)
PAiDの設計から見えてくる重要な点は、多様性施策が理念やスローガンではなく、調査に基づく制度設計の問題として扱われていることです。
とりわけ一般運営費支援の位置づけについては、注意が必要です。これは単に助成金の使途が柔軟になったという話ではなく、これまで代表性が低かったコミュニティが制度に参加できない構造を是正するために、組織の基盤そのものに介入する必要があるという認識に基づいています。
この観点からすると、日本においても、どのような調査やデータに基づいて課題を把握しているか、その課題に対して助成制度のどのレイヤーに介入しているか、そしてその設計プロセスに誰が関与しているか、といった点が問われることになります。
日本にも見えにくい「代表性が低い」人々は確実にいるはずです。芸術文化へのアクセシビリティを広げるだけでなく、構造的な問題として捉えていく視点こそが、同時代の芸術文化の担い手にとって必要ではないかと感じています。
またアーティスト自身を(特にその分野の経験が乏しいアーティストも積極的に受け入れる形で)制度設計に関与させる仕組みという意味でも、参考になるのではないでしょうか。
行政や行政系外郭財団の通常の会議謝金設定(1回あたり1万円未満から高くて数万円程度)ではなかなか他の仕事を休んで参加するのは難しいという実情は日本のアーティストにも大いに当てはまります。何を目的に、何をするのか。改革が間に合わなければ、非営利の芸術文化セクター自体が社会からの必要性をどんどん失ってしまわないか、個人的に危機感を感じています。
参考文献・リンク
Los Angeles County Department of Arts and CulturePublic Artists in Development Programhttps://www.lacountyarts.org/opportunities/public-artists-development-program
Los Angeles County Department of Arts and CultureCultural Equity and Inclusion Initiative(CEII)https://www.lacountyarts.org/cultural-equity-and-inclusion-initiative
Los Angeles County Arts CommissionCultural Equity and Inclusion Initiative Reporthttps://www.lacountyarts.org/sites/default/files/pdfs/CEII_Report.pdf
PAiD Artist Council RFQ(2025年4月1日公開、Dyson & Womack)https://www.dysonwomack.com/wp-content/uploads/2025/04/PAiD_Artist-Council-RFQ_2025.pdf
PAiD Public Art Apprenticeship – Informational Meeting Presentation & FAQ(2024年9月)https://www.lacountyarts.org/sites/default/files/2024-10/240926-Presentation-FAQ-PAiD-Apprenticeship.pdf
National Endowment for the ArtsOur Townhttps://www.arts.gov/grants/our-town
National Endowment for the ArtsMaria Rosario Jackson(2021–25)https://www.arts.gov/about/what-is-the-nea/maria-rosario-jackson-2021-25
Grantmakers in the Artshttps://www.giarts.org
United States Regional Arts Organizationshttps://www.usregionalarts.org
Andrew W. Mellon Foundationhttps://www.mellon.org
American Theatre, "Mellon Foundation Announces U.S. Regional Arts Resilience Fund"(2020年7月)https://www.americantheatre.org/2020/07/08/mellon-foundation-announces-u-s-regional-arts-resilience-fund/
PBS SoCal, "Danielle Brazell Nominated to Lead Department of Cultural Affairs"(2014年6月)https://www.pbssocal.org/shows/artbound/danielle-brazell-nominated-to-lead-department-of-cultural-affairs



