なぜ反DEIへの逆風のなかでも「公平性」は生き残るのか ― 非営利芸術文化活動実務者の全国組織「GIA」の2026年方針を読む
- Arts&Considerations Tomoki Sakuta

- 4月20日
- 読了時間: 17分
更新日:4月24日

非営利芸術文化活動実務者のハブ組織GIAの2026年方針を読む
このブログでは以前の記事で、アメリカの芸術文化分野における多様性や公平性をめぐる取り組みが、近年のDEI(Diversity, Equity, Inclusion)言説によって突然出てきたものではなく、障害者アクセシビリティ、雇用政策、文化機関の人材育成、有給インターンシップといった、より長い制度的蓄積の上に成り立っていることを書きました。文化へのアクセスを広げることと、分野の担い手の多様性を確保することが、かなり以前から連続した課題として扱われてきた、という見取り図を示したつもりです。
ただ、そのような説明に対しては「歴史的な系譜があるとしても、反DEIの政治的バックラッシュがここまで強い以上、現場も結局は実質的な方針転換を迫られているのではないか。少なくとも、芸術文化活動の実務においてまで、枠組みが維持されていると言ってよいのか」という疑問も当然あるかと思います。
たしかに2025年以降、連邦レベルではDEIに対する政治的攻撃がいっそう可視化し、「DEI」という語そのものを掲げることのリスクも増しました。部署名、助成要件、説明文言、外向けのメッセージには、変化が生じています。それに対する、アーティストや現場関係者からの疑問の声も可視化されています。したがって、「(申請側の受け止めも含めて)実質は何も変わっていない」と楽観的に言い切るのも不正確です。また、何事につけてそうですが、州や、地域による差異も相当あるのは間違いないかと思います。
しかし同時に、別の事実も見ておく必要があります。アメリカの非営利芸術文化分野では、「公平性」はそもそも「DEI」というラベルに全面的に依存して成立していたわけではありません。アクセスの改善、申請や審査の透明化、地域や属性によって閉ざされがちな入口の拡張、助成の説明責任、継続的な学習コミュニティの形成といった実務は、DEI以前から、この分野の制度改善の一部として蓄積されてきました。だからこそ、ラベルが揺れても、実務の骨格までは容易には崩れません。
そのことをよく示しているのが、今回ご紹介する、Grantmakers in the Arts(GIA)が公表した2026年方針です。GIAは、非営利・公共セクターの芸術文化助成に携わる実務者の全米ネットワークであり、助成の現場における学習、語彙の共有、制度改善の方向づけに大きな影響力を持っています。ここで2026年に向けて示されているのは、反DEI環境に迎合して公平性の課題を引っ込めることではありません。むしろ、Fair Funding Access をはじめとする実務フレームワークを維持し、学び直し、関係者のあいだで支え合いながら深めていく姿勢です。
本稿では、このGIAの2026年方針を手がかりに、なぜ政治的逆風のなかでも「公平性」の実務が残りうるのかを考えます。結論を先取りすれば、いま起きているのは、DEIの全面的な消失というより、アクセス改善を基礎にした既存の実務枠組みが、Fair Accessなど別の語彙への言い換えや根拠を伴いながら持続している過程だと見るほうが実態に近い、ということです。
GIAとはどんな団体か
Grantmakers in the Arts(GIA)は、非営利・公共セクターの芸術文化分野に資金を提供する助成財団、コミュニティ財団、企業・企業財団のメセナ部門、公共セクターの文化担当部署など、助成の実務に関わる人びとをつなぐ全米規模の会員組織です。対象とするのは主に非営利・公共的な芸術文化活動であり、商業アート産業の振興よりも、コミュニティや公共財としての芸術文化の持続可能性を支えることに重心があります。
なおGIAは、アドボカシーを主目的とした団体ではありません。もちろん、NEA予算確保に向けたロビー活動や政策提言は行っていますが、活動の中核はそこではない。また、学術研究を主目的とする学会でも、同業者の組合でもありません。GIAの最大の特徴は、助成実務・プログラム設計・評価・ペダゴジー(教え方・学びの設計に関する方法論)の共有に特化した、全米規模の「実務者のネットワーク」であることです。言い換えればGIAは、文化助成の現場知を蓄積し、共有し、改善につなげるためのハブとして機能しています。
この位置づけは重要です。なぜなら、GIAが何を重視し、どの語彙を用いて課題を整理し、どのような学習機会を設計するかは、会員団体の内部実務に波及しやすいからです。助成制度の改善や評価手法の更新は、しばしば法改正よりも先に、こうした実務者ネットワークの中で進みます。
年次方針の発表が持つ影響力
今年も発表されたGIAの年次方針ですが、、これも、単なる「今年のテーマ」ではありません。助成者コミュニティにとっては、実践的な方向づけとして少なくとも三つの機能を持っています。
第一に、実務的な指針化です。GIAが提示するフレームワークや重点テーマは、各助成者が自組織の制度や運用を見直す際の参照点になります。たとえば、申請プロセスの負担、評価軸の透明性、到達可能性の高い情報発信、助成先との関係性の設計といった点は、個別団体ごとに工夫される一方で、共通の言語があることで改善が進みやすくなります。
第二に、語彙の共有です。助成者同士が共通の言葉で議論できるようになると、助成先との対話や、他分野との連携も進めやすくなります。これは単なる流行語の統一ではありません。何を「公平」と呼び、何を「アクセス改善」とみなし、どの部分を「説明責任」の問題と捉えるのかを揃えていく。一種の集団戦術と言って差し支えないと思います。
第三に、ネットワーク効果と学習基盤の形成です。GIAの年次カンファレンスや継続的な学習コミュニティは、実務者同士のつながりを強化し、共同プロジェクトや人材育成にもつながります。助成実務は、各団体の中で孤立して進められるより、失敗や試行錯誤を共有できる環境のほうが改善が速い。GIAはそのためのインフラとして機能しています。
これら三つが組み合わさることで、GIAの方針は、助成実務の「何を重視するか」を全米レベルで揃える作用を持ちます。だからこそ、2026年方針の内容は、現場の空気を読むうえでも重要です。
2026年方針の中身
2026年のGIA方針は、五つの柱で構成されています。
1 学びと省察の深化(Deepening Learning)
GIAは2026年、単発のウェビナーを並べるのではなく、数か月単位で理解を積み上げる学習体系を重視していくようです。この宣言の背景にあるのは、助成者が複雑な社会課題や制度的不均衡に向き合うには、即効性のある「答え」よりも、文脈を読み解く力こそが必要だという認識です。
これはいかにもGIAらしい姿勢です。助成実務では、募集要項を、その時のトレンドに合わせて少し直すだけで問題が解決することは少なく、歴史的な偏り、地域差、組織文化、制度利用者の経験などを踏まえたうえで、ゆっくり改善していく必要がある。したがって「学び」が単なる研修ではなく、省察を含んだ継続的なプロセスとして位置づけられている実務を変え続ける意志の表れです。
2 公平性と説明責任の実装(Fair Funding Access)
2026年方針の中核の一つが、Fair Funding Access(FFA)です。GIAは近年、助成の公平性を測り、改善するための実務的フレームワークとしてFFAを整備してきました。2026年もこれを中心に、申請者の負担軽減、評価基準の透明化、プロセスの公平性、到達可能性の高い制度設計など、実装可能な改善策を共有するとしています。
これは「DEI禁止でEquityが使えないなら、FairとAccessに戻そう」という話でしょうか?
そう単純ではありません。重要なのは、FFAが理念のスローガンとしてではなく、運用改善のフレームとして提示されていることです。申請フォームが過度に複雑なら、そもそも応募できる団体は限られます。審査基準が曖昧なら、制度への信頼は損なわれます。募集情報が届かない層には、実質的な参加機会がありません。つまり「公平性」は、この文脈では抽象的な政治標語ではなく、アクセスをどう設計するかという実務の問題です。そしてこれこそが、語彙こそ変わっても、この10年の助成実務改革のエンジンになっている中心的な問題意識なのです。
3 セクター横断の橋渡し(Cross-Sector Collaboration)
さらに2026年方針では、民主主義、経済正義、ジェンダー、テクノロジー、コミュニティケアなど、非営利・公共的な芸術文化と隣接する領域との連携が強調されています。
これは芸術助成の範囲を拡散させるというより、芸術文化の課題が単独では完結しないことを前提にした設計です。たとえば文化への参加機会の偏りは、交通、教育、所得、ケア、デジタル環境と切り離せません。したがって、助成の公平性を考えることは、芸術分野の内側だけではなく、より広い公共政策の文脈と接続することでもあります。
このような傾向は、2010年代にNEAがクロスセクターでなければ応募できない助成金「Our Town」(言うまでもなく、ソーントン・ワイルダーの同名の戯曲から採られた名称です)を開始したときから続いており、アメリカの非営利的な芸術セクターでは不可逆的な変化となっています。
4 地域に根ざした学び(Place-Based Learning)
2026年の年次カンファレンスは、2026年10月18日から21日にかけて、テネシー州メンフィスでの開催が予定されています。ここでは南部地域の文化的リーダーシップや歴史に焦点が当てられます。
GIAがこのように毎回の大会で場所性を重視するのは、文化助成の実務が全国一律の抽象論だけでは動かないからです。地域にはそれぞれ異なる歴史、排除の経験、コミュニティの構成、制度的慣行があります。公平性を実装するのであれば、その地域の具体的文脈を踏まえた議論が不可欠です。メンフィス開催は、そのことを象徴しています。
5 継続的コミュニティの強化(COCoP)
FFAもそうですが、COCoP(Cultural Organizing Community of Practice)も複数月にわたる学習コミュニティです。こうしたコミュニティが継続される点も、2026年方針の特徴です。
これは単なる勉強会ではありません。GIAが設計しているのは、実務者同士が伴走し合い、試行錯誤を共有し、制度改善を長期的に支える場です。こうしたコミュニティがあることで、個々の助成者は孤立せずに、難しいテーマに継続的に取り組むことができます。政治環境が変わっても、実務の知識や関係性が消えにくいのは、このような場があるからです。
反DEIの時代に、なぜこうした枠組みが維持されるのか
2026年現在のアメリカでは、前年に出た連邦レベルでのDEI禁止令や、次年度連邦予算におけるNEAの廃止・縮小論議など、非営利・公共的な文化政策をめぐる逆風が強まっています。そのなかでGIAがなお公平性を中心としたフレームワークを維持し続けている理由は、少なくとも三つの層に分けて考えることができます。
民間財団セクターは政治サイクルに左右されにくい
第一に、民間財団セクターは、連邦政府の政治サイクルに対して独立しています。政府予算とは別の資金基盤を持つ民間財団やコミュニティ財団は、政権交代によって即座に実務を反転させる必要がありません。もちろん政治的圧力や世論環境の影響は受けないわけではありませんが、連邦政府内部の部署再編や命令がそのまま運用変更に直結するわけでもありません。
GIAの会員基盤は、このようなアメリカの実情を反映し、民間助成主体が多く含まれています。だからこそ、連邦レベルでの反DEIの波が強まっても、実務者ネットワーク全体としては、制度改善に着目した議論を続けやすいのです。
公平性のフレームワークは、政治的スローガンというより実務改善である
第二に、芸術セクターにおける公平性や説明責任のフレームワークは、「政治的主張」ではなく「実務改善」として成立しているという点です。
申請者負担を減らすこと、制度の説明責任を高めること、評価基準を明確にすること、情報が届きにくい層にアウトリーチすること。
これらは、どれも助成制度の品質の問題です。政治的立場の違いを超えて、制度運用者であれば向き合わざるをえない論点です。
実際、助成制度が使いにくく、不透明で、特定層しか到達できないなら、その制度は(少なくとも公平性を目指すことが目標に入っているならば)意図したような成果を上げにくい。したがって、実務者が公平性を追求するのは、理念のためというより、制度を機能させるためでもあります。
ここに、以前の記事で扱った長い制度史がつながります。障害者アクセシビリティは、文化施設の善意ではなく法的義務として積み上がってきましたし、workforce の多様性も、オバマ以前から連邦人事政策の一部として語られてきました。さらに、有給インターンやフェローシップの拡充は、文化機関の入口を広げ、人材パイプラインを維持する具体策として定着してきた。こうした蓄積の上では、公平性は「最近の流行語」ではなく、アクセス改善を進めれば自然に行き着く運営原理です。言ってしまえばあえて政権の意向に反発してまで「公平性」という言葉を使う必要すらない、と言えるのかもしれません。
助成実務担当者は成果を求められる以上、実務上の収束が起きる
第三に、実務担当者は最終的に社内的なインパクトを求められるため、何が効果的かを考えるなかで実務上のテーマは収束が起きやすいという点があります。なぜなら、公平性やアクセス改善を目的に組み込んでいる以上、助成者にとって重要なのは、限られた資源がどのように届き、どのような効果を生むかです。もし、申請制度が一部の申請慣れした団体にしか届かず、新しい担い手や歴史的に資源アクセスの少なかったコミュニティが参加できないなら、制度の成果は限定されます。
逆に言えば、より多くの潜在的担い手に到達できる制度設計のほうが、助成の効果を高める可能性が高い。そこから、アクセス改善と公平性の追求は、理念論ではなく効果の問題として再び現れます。
このように見てくると、GIAが2026年にFair Funding Accessを引き続き前面に置いているのは、政治的空気を無視しているからではありません。むしろ、助成実務の側から見ると、それを外す合理性が乏しいからだと言えます。
2019年のGIA年次カンファレンスで感じたこと
少し前の話になりますが、筆者は2019年にコロラド州デンバーで開催されたGIAの年次カンファレンス「Cultural Intersections」に参加(文化庁平成30年度行政調査委託研究の研究委員・アメリカ章執筆担当としての現地視察)しました。
そこで強く印象に残ったのは、GIAの集まりが、学会とはかなり異なる空気を持っていたことです。実務担当者が自らの失敗や葛藤を率直に共有し、参加者がそれに応答するという、実務者ならではの「生きた知識」が飛び交っていました。研究成果を発表する場ではなく、制度をどう改善するか、どのような失敗を避けるか、助成先との関係をどう築くか、グッドプラクティスだけではなく現場で得られた知見を学び合う場として機能していたのです。
いわゆるコミュニティアートやソーシャリー・エンゲイジド・アートのアーティストによる様々な行政機関との取り組みの紹介、ワークショップを参加者で実際に体験するセッションもありました。全体のネットワーキングイベントにおいては、同じ公平性の基盤に立ちつつ、そのなかで次のテーマとなる可能性がある「アメリカで増えつつある、刑法犯で収監された経験がある人とその家族(≒その多くの割合が貧困層出身)をアートの力でどれだけコミュニティに包摂できるか」といった活動のその場での実演(Justice Reformと呼ばれる分野)や、美術品のコレクションをしてきた超有名コレクターがコレクション全て売却してその活動のための財団を立ち上げた体験談のスピーチ、さらにマルコムXもかくやと思わせるような、会場を沸かせるアジテーション演説まで、様々な工夫がされていました。
こうした場を見るのはしかし、初めてではありませんでした。なぜなら、アメリカの非営利的なセクターでは、芸術文化分野に限らず、こうしたセクター実務者団体が、ペダゴジーやアドボカシーに使う語彙を揃える役割を担っているのはごく一般的です。そして年次イベントは、研究発表の場ではなく、実務の質を高めるための学びの場として設計されている。こうした場が、人材育成や定着、次世代の発掘にもつながり、助成セクター全体の持続可能性を支える基盤になっています。
ペダゴジーとアドボカシー語彙の共通化
外国語教育分野との比較から
GIAに参加してすぐに思い浮かんだのは、国際交流基金ロサンゼルス日本文化センターへの勤務時代に参加した、全米日本語教師会(AATJ)やカリフォルニア州日本語教師会(CAJLT)、さらに米国の外国語教育分野のセクター実務者の大会です。そうした場では、ペダゴジーの語彙を共通化し、アドボカシーの言語を揃えることで、教師からコーディネーター、支援者まで、バラバラに存在している実務者が連帯し、分野全体の影響力を高めようとする意識が強くありました。
アメリカの公教育では、保護者の発言力が日本と比べてかなり強く、科目の開講可否にまで親の意向が影響することも珍しくありません。教師にとってアドボカシーが業務の一部に近い環境は、消耗の大きい側面もあります。しかし一方で、自らの教育能力と説明能力次第で所属分野の裾野を広げられるという、分野貢献的なモチベーションにもつながっていました。「うまく教え、うまく説明できれば、その教科が学校に残る」という感覚です。
同様に非営利・公共的な芸術文化の世界にも、この構造は重なっているのでしょう。資金調達や助成申請が、そのまま分野の存続に直結するという意味で、実務者は否応なくアドボカシーを担っています。GIAがフレームワークと語彙を整備することは、個々の実務者が制度改善や説明責任を果たす際の「武器」を共有することでもあります。
ここから見えてくること
反DEI命令は、現場実務にとってどこまで意味を持つのか
ここまで見てくると、少なくとも非営利的な芸術文化助成の現場に関する限り、政権の反DEI命令の意味をやや相対化して見る必要が出てきます。
もちろん、ラベルの変更や、組織内の言い換え、外向けメッセージの慎重化は起きるでしょう。連邦資金や連邦契約との関係が深い領域では、制度の表現や書式に直接の影響も出ます。しかし、申請負担の軽減、審査の透明化、地域や属性によって閉ざされがちな入口の拡張、継続的な学びの場の形成といった実務は、それとは別の根拠で動いています。
言い換えれば、反DEIの号令が向けられているのは主としてラベルや制度の表層であり、アクセス改善や助成実務の透明化という運用の核心部分まで、ただちに掘り崩しているわけではない。現場の側から見れば、そこをわざわざ後退させる合理性も薄いのです。むしろ、成果を求められる助成者ほど、アクセス設計や制度の説明責任を手放しにくい。
その意味で、GIAの2026年方針は、単に「まだ実質的に公平性を掲げている」という以上の意味を持っています。そこから見えてくるのは、アメリカの芸術助成実務において、公平性がDEIの副産物ではなく、アクセス設計を突き詰めた先に要請される運営原理として、すでにかなり深いところに組み込まれている、ということです。
日本の実務者ネットワークへの示唆
GIAのモデルを日本に照らしてみると、地方のアーツカウンシル、助成財団、企業メセナ、地域創造のような既存プレイヤーに加え、大学・研究機関、地域NPO、評価機関や文化政策コンサル、企業のCSR部門、アーティスト組織、マイノリティ当事者の自律組織、地域経済の担い手などを巻き込んだ、より多面的な実務者ネットワークの可能性が見えてきます。
日本では、助成制度や文化事業の評価が、なお個別制度ごとの改善にとどまりやすく、分野横断で語彙を揃えたり、継続的な学習コミュニティを育てたりする基盤は十分とは言えません。ヒアリングはしても、語彙まで揃えようとする動きは感じられません。筆者の経験上も、むしろそれぞれの組織が独自性を出そうとしている傾向のほうが強く感じます。
しかし、GIAが示しているのは、基本的な制度改善は一つの団体でできるものではないというごく当然の前提に経って、実務知の共有、語彙の共通化、長期的な学び、地域文脈に根ざした議論を組み合わせて進めるものだ、ということです。
またGIAのようにペタゴジーやアドボカシー言語を共有化していく場があることは、個別の芸術実務者の負担や孤独感を減少させ、業界としての一体感や強み、継続性を高めることに寄与するのはもちろん、分野そのものからの離脱率の低下、人材の発掘など、様々な効能があるように思います。
おわりに
反DEIのバックラッシュが強まるなかで、「公平性」の実務もまた後退しているのではないか、という疑問は自然なものです。けれどもGIAの2026年方針を読むと、少なくとも非営利芸術文化助成の領域では、実態はもう少し複雑です。
消えていないのは、単にDEIへの未練ではありません。アクセスの改善、制度の透明性、説明責任、担い手の入口形成、継続的な学習コミュニティといった実務上の必要が、なお強く存在しているのです。だからこそ、公平性のフレームワークは、名称や説明の調整を受けながらも維持される。
アメリカ芸術政策の文脈では、アクセスの向上から公平性の達成へ向かうロジックは、DEI以前からかなり自明のものとして積み上がってきました。そう考えると、反DEI命令は少なくともこの分野の現場実務に対しては、まだ現段階では大きなブレーキをかけるまでには至っていないように感じます。
最後に強調したいのは「公平性」を、政治的スローガンとして輸入する必要はないという点です。むしろ、制度へのアクセスをどう広げるか、申請や審査の過程をどうわかりやすくするか、支援対象と支援手法のあいだにどのような齟齬があるかを丁寧に点検していくことのなかに、公平性の問題はすでに含まれているという問題意識が重要かと思いますしす。GIAの2026年方針は、そのことを改めて示しています。
参考文献・情報源
Grantmakers in the Arts(GIA)公式サイト: https://www.giarts.org
Nadia Elokdah, “Letter to the GIA Membership: Looking Ahead to 2026”:https://reader.giarts.org/read/2026-programs-lookingahead
GIA Reader:https://www.giarts.org/gia-reader
Americans for the Arts:https://www.americansforthearts.org
National Endowment for the Arts(NEA):https://www.arts.gov
Helicon Collaborative, “Not Just Money: Equity Issues in Arts Funding”:https://www.giarts.org/article/not-just-money
The Journal of Arts Management, Law, and Society:https://www.tandfonline.com/journals/vjam20
Maria Rosario Jackson et al., Investing in Creativity: A Study of the Support Structure for U.S. Artists:https://www.urban.org/research/publication/investing-creativity



