アートワーカーの労働環境を可視化する一歩——CP Lab. Kyotoの調査報告書を読む
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京都市芸術文化協会が運営するCreative Professionals Lab. Kyoto(CP Lab.)が、「アートワーカーの労働環境に関する調査 2025-2026」報告書を2026年3月19日に公開しました。調査は2025年12月28日から2026年1月21日にかけて公開ウェブフォームで実施され、74件の回答が集まっています。対象は、文化芸術分野を支える多様なアートワーカー、とりわけアートマネージャーやアートコーディネーター等の中間支援人材です。
この調査の意義は、文化芸術を支える人材の働き方について、印象論ではなく、現場からの回答をもとに論じるための土台を示した点にあります。もちろん、公開ウェブフォームによる74件の回答で日本全体を代表するとは言えません。しかし、これまで見えにくかった実務者のキャリア、収入、研修、引き継ぎ、社会的評価の問題を、具体的な項目に即して可視化したこと自体が重要です。
調査の概要
報告書によれば、本調査の目的は、文化芸術分野を支えるアートワーカー、とくにアートマネージャーやアートコーディネーター等の中間支援人材について、働く環境、キャリアパス、直面する課題を把握することにあります。調査主体は公益財団法人京都市芸術文化協会、主催は文化庁、独立行政法人日本芸術文化振興会、公益財団法人京都市芸術文化協会です。
報告書から何が見えてきたか
まず目を引くのは、回答者の多くがすでに一定の経験を積んだ人たちだという点です。年齢層は35〜44歳が中心で、ジェンダーは女性が67.6%を占めます。アートワーカーとしてのキャリア年数は「10年以上」が72.6%に達しており、回答の中心が、分野に長く関わってきた中堅・ベテラン層であることがわかります。活動内容では「企画・制作・プロジェクトマネジメント系」が37件ともっとも多く、報告書自身も「約半数」がこの領域を担っていると整理しています。
雇用形態を見ると、「フリーランス/自営業」40.5%が最多で、「無期フルタイム雇用」31.1%、「有期フルタイム雇用」21.6%、「業務委託」20.3%が続きます。複数回答の設問ではありますが、正規雇用だけで支えられている世界ではないことは明らかです。年収は300〜400万円が20.8%で最も多く、200〜300万円が18.1%、400〜500万円が16.7%でした。また、2025年度収入に文化芸術活動以外からの収入を含むと答えた人は37.5%にのぼっています。文化芸術分野の仕事だけで完結しない収入構造も、少なくない割合で存在していることが示されています。
次に大きな論点は、研修と引き継ぎです。現在の職務において、研修や専門性向上プログラムを受けたことがある人は34.2%にとどまり、報告書では、職場で組織的・長期的な研修プログラムが組まれているという回答は見られなかったとされています。つまり、専門性が高く、しかも複雑な業務を担っているにもかかわらず、その専門性を育て、継承する仕組みが制度として十分には整っていないのです。
引き継ぎについても状況は厳しく、新しいポジションに就いた際、不十分な引き継ぎや情報不足によって困った経験がある人は、「頻繁に」35.6%と「ときどき」39.7%を合わせて75.3%に達しました。困りごとの内容としては、情報共有の不徹底、明文化しづらい業務の伝達の難しさ、引き継ぎ期間の短さ・急な交代などが挙げられています。ここで問題になっているのは、単に忙しいということではなく、職務の内容や責任範囲が言語化・標準化されにくい仕事であるにもかかわらず、それを補う組織的な知識管理の仕組みが弱い、ということです。
さらに重要なのが、専門性への社会的理解・評価の不足です。アートワーカーの専門性が社会で十分に理解・評価されているかという問いに対し、「あまり理解・評価されていない」が63.5%、「全く理解・評価されていない」が14.9%で、両者を合わせると78.4%にのぼります。否定的な回答の理由としては、「業務内容等への理解が広がっていない」が14件、「求められる能力に対して待遇が不十分」が11件、「職能を言語化しづらい/職能が『専門性』の枠にはまりづらい」が10件でした。
この点は非常に示唆的です。報告書は、アートワーカーに必要な能力として、対話・コミュニケーション、調整・マネジメント、他分野との接続、倫理性・人権意識・公平性、健康や持続可能性に関するセルフマネジメントなど、非常に多岐にわたる項目を整理しています。ところが、こうした複合的な能力は、一般的な職能分類や雇用慣行のなかではうまく名前を与えられず、結果として評価や処遇に結びつきにくい。報告書が示しているのは、その構造的な見えにくさです。
また、中間支援職については、必要性は感じられていても、一般に人気のある職種・望ましい職業として認識されているとは言いがたい状況もうかがえます。自由記述の整理では、肯定的10件に対し、否定的26件、「そもそも認知度が低い」10件、「どちらとも言えない・わからない」10件でした。報告書でも、職種としてのイメージが成立していないことや、待遇の厳しさに起因する否定的な意見が多いとまとめています。人材不足が語られやすい理由の一端も、ここにあるのでしょう。
なぜ今、アートワーカーの労働環境なのか
「アートワーカー」という言葉が日本国内でも少しずつ使われるようになってきた背景には、文化芸術の担い手が長年、曖昧な雇用関係、低い報酬、不安定な契約のなかで活動してきたという現実があります。
京都ではすでに、NPO法人Kyoto Arts Meetingが「京都を拠点とするアートワーカーの労働環境に関する実態調査 2024」を実施し、2025年1月に報告書を公開しています。この調査は、フリーランサーに限らず、文化施設や団体、NPO、法人に所属する人も含め、さらにアーティスト、団体職員、アートマネージャー、舞台制作者、技術スタッフ、批評家、編集者、デザイナー等まで広く対象に含めたものでした。回答数は今回のCP Lab.の調査と同じ74件です。
これに対して今回のCP Lab. Kyotoの調査は、文化芸術分野を支える多様なアートワーカーのうち、とくにアートマネージャーやアートコーディネーター等の中間支援人材の働く環境、キャリアパス、直面する課題に焦点を当てています。先行するKyoto Arts Meetingの調査が裾野の広い実態把握だったとすれば、CP Lab.の調査はそこから一歩進んで、文化芸術を支える実務人材の専門性とその脆弱な就労基盤を、より具体的に捉えようとするものだといえるでしょう。京都でこうした調査が連続して行われていること自体、この論点が現場の実感に根ざした切実な課題であることを示しています。
国際的には、コロナ禍がこの問題を一気に顕在化させました。公演や展覧会の全面停止によって収入を失ったのは、施設や団体よりも、むしろその内側で働く個人であったことが各地の調査で繰り返し示されています。欧州でも、文化芸術・クリエイティブ分野で働く人びとの生活条件と労働条件を改善する必要性が、政策課題として明示されるようになっています。
「団体の持続可能性」と「個人の持続可能性」は切り離せない
当ブログでも先日、カリフォルニア芸術評議会(CAC)の2025年公募において、General Operating Support が団体の継続的な運営を直接支える助成として位置づけられていることに触れました。そこでは、小規模団体や、歴史的・制度的に資源が届きにくかったコミュニティへの重点化も打ち出されています。
ただ、団体の基盤強化が重要であることと、その団体の内側で働く個人の基盤が十分に守られていることは、同義ではありません。運営費補助が広がっても、実際の現場で研修がなく、引き継ぎが弱く、専門性が評価されず、報酬や契約の安定が不十分であれば、文化芸術のエコシステムは持続しません。今回のCP Lab.の報告書は、その意味で、団体支援の議論を個人の労働環境へ接続するための重要な材料だと言えます。
今後の議論に向けて
報告書の「おわりに」は、文化芸術が社会の中で持続的に機能していくためには、アーティストのみならず、それを支え、つなぎ、実装する人材への理解と支援が不可欠であり、本調査はその現状を可視化する第一歩だと述べています。まさにその通りだと思います。
今後の課題としては、少なくとも三つ挙げられるでしょう。第一に、アートワーカーの職能を言語化し、評価可能な形で示すこと。第二に、研修、OJT、引き継ぎ、職務記述といった基盤整備を、個人の努力任せにしないこと。第三に、報酬、契約、雇用、社会保障を含む労働条件の把握を、継続的・比較可能なかたちで積み上げていくことです。今回の調査は大規模統計ではありませんが、だからこそ、次の調査や制度設計に向けた起点として読むべき資料だと思います。
文化政策、助成制度、契約実務、職能形成は、別々の論点ではありません。文化芸術を支える人が働き続けられる環境をどう設計するか。その問いを、現場からの声に即して考えるための基礎資料として、この報告書は広く読まれてよいはずです。


