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開幕まで1カ月、揺れ続けるヴェネチア・ビエンナーレ——ロシア復帰・イスラエル論争・EU圧力の三重苦に出口は見えるか

  • 執筆者の写真: Arts&Considerations Tomoki Sakuta
    Arts&Considerations Tomoki Sakuta
  • 8 時間前
  • 読了時間: 9分

ヴェネチア・ビエンナーレとは何か——その130年の歴史

ヴェネチア・ビエンナーレ(ヴェニス・ビエンナーレとも)は、1893年4月19日のヴェネチア市議会の決議に端を発し、ウンベルト1世とマルゲリータ王妃の銀婚式を祝う国内芸術展として構想されました。第1回展は1895年4月30日に開幕し、初回からおよそ22万4,000人の観客を集めました。もともとイタリア国内向けの展覧会でしたが、翌年には外国人アーティストへの招待制が導入され、すぐに国際色を帯びていきます。


20世紀を通じてビエンナーレは、近代芸術の変遷をそのまま映す場となりました。ファシズムの時代には政治的プロパガンダの舞台ともなり、戦後の民主化のなかで冷戦期の西側芸術を象徴する場に転じ、1960〜70年代には前衛芸術運動の震源地となりました。

そのなかでもとりわけ象徴的な出来事が、1964年のビエンナーレです。ロバート・ラウシェンバーグがアメリカ人として初めてグランプリを受賞したこの年、アメリカ政府は大型の絵画作品をヴェネチアに輸送するにあたって軍艦(軍用艦艇)を使用したという逸話があります。これは国務省や当時の情報機関が、抽象表現主義をはじめとするアメリカ現代美術を「自由主義陣営の文化的優位」の証として戦略的に国際発信していた冷戦文化外交の一環であり、芸術と国家権力の密接な絡み合いを物語るものとして語られ、「アートに政治を持ち込むな」という言説が、いかに歴史的に空虚でありうるかを示す最も鮮烈な事例のひとつだと、皮肉に持ち出される事例でもあります。ただし、日本の美術界ではよく語られるこの逸話は、事実とは若干異なります。アメリカ政府は、通常は戦車輸送に用いられる米空軍の大型輸送機を手配し、ラウシェンバーグの巨大なコンバイン作品群をヴェネチア近郊のNATO基地まで空輸。その後、作品は艀(はしけ)でジャルディーニへと運び込まれたというのが事実のようです。この決定を主導したのは米国情報局(USIA)のアリス・デニーで、ギャラリストのレオ・カステッリ、キュレーターのアラン・ソロモンとともに「アメリカの勝利」を演出した人物です。なお、アメイ・ワラック監督の手により2024年、、この顛末はドキュメンタリー映画《Taking Venice》として公開されています。


その後、今日では、建築・音楽・ダンス・映画部門を擁する文化複合機関として130年の歴史を重ね、「アート界のオリンピック」と呼ばれるまでの地位を確立しています。世界各国、日本国内でも様々なビエンナーレ、トリエンナーレといった名称が冠された国際芸術祭や国際映画祭がありますが、その元祖といえる存在です。

そのヴェネツィア・ビエンナーレの根幹にある「各国が自律的に参加を決定する」という国別パビリオン制度こそ、2026年の今まさに問い直されようとしている原則です。

ロシア館「復帰」という政治的言語

2026年の第61回展(5月9日〜11月22日)をめぐる最初の火種は、3月3日に点火されました。ロシアの元文化相で国際文化交流担当を務めるミハイル・シュヴィドコイが公式参加を発表した際、彼は「ロシアはビエンナーレを離れたことは一度もない」という言葉を使いました。注目すべきはその言葉づかいです。今回は「復帰」ではないと強調するこの表現は、2022年・2024年の欠席を「自主的な辞退」ではなく「外部からの圧力」として再定義しようとする政治的意図を透かして見せています。

2022年のウクライナ全面侵攻を受け、同年のビエンナーレではロシア館のキュレーターとアーティスト自身が「政治的にも感情的にも耐えがたい」として撤退を表明し、「紛争の最中に芸術の居場所はない」という声明を発表しました。ロシア館のInstagramには「ロシア館は閉鎖されたままとなる」という告知が掲示されていました。2024年版でも、ロシアはジャルディーニにある自国パビリオンをボリビア多民族国に貸し出すかたちで実質的な不参加を続けていました。2019年が最後の正式参加だったことを考えると、2026年の復帰は実に7年ぶりのことになります。

今回の展示《The Tree is Rooted in the Sky》は、ロシア国内外から50名以上の若い音楽家・詩人・哲学者が参加する音楽フェスティバルを中核に据えており、アルゼンチン・ブラジル・マリ・メキシコなどグローバルサウスの参加者も名を連ねています。「西側によるロシア文化のキャンセルは失敗した」という対外的なメッセージを意図した構成であることは明白です。ロシア館のコミッショナーはアナスタシア・カルネーエヴァ(2021年から8年任期)が務めます。

EUの資金停止警告と22カ国の反発

ロシアの参加表明から約10日後の3月11〜12日、EU欧州委員会はビエンナーレ財団に対して資金停止・廃止を警告する公式声明を発しました。委員会はロシアの参加決定を「非難する」と明言し、過去3年間で約200万ユーロ(約2億3,000万円相当)に上るEUの助成金を停止・廃止する可能性を具体的に示しました。

3月13日には欧州22カ国の政府が連名でビエンナーレ財団に参加再考を求め、イタリア文化省もビエンナーレ財団に対し、ロシア側と交わした全文書の開示と、EU制裁との法的・文化的整合性に関する報告書の作成・提出を命じました。3月末には欧州議会議員37名が改めて資金停止を求める書簡をEUに送付し4月初頭の時点でもEUはこの立場を変えていません

ヴェネチア市長のルイジ・ブルニャーロは「プロパガンダ活動が行われれば即時閉鎖する」と警告しつつも「ヴェネチアは外交と対話の場であり続けるべきだ」と発言しており、イタリア文化相のアレッサンドロ・ジュリとビエンナーレ会長のピエトランジェロ・ブッタフオーコとの間にある見解の相違も表面化しています。資金圧力という外圧と「文化機関の独立性」という内部論理がせめぎ合う構図は、EU全体の文化政策ガバナンスの問題としても注目されています。

イスラエル・アメリカ・イランをめぐる同時多発的な論争

ロシア問題と並行して、イスラエル館の参加をめぐる論争も激化しています。アーティスト主導の団体「Art Not Genocide Alliance(ANGA)」は、ガザ情勢を背景にビエンナーレ財団へイスラエルの参加禁止を求める公開書簡を正式に届けていました

2026年版では、イスラエルのジャルディーニにある恒久パビリオンが改修中のため、会場がアルセナーレへ移されました。ANGAはこの変更を「財団がイスラエルの参加を確保するために過剰な配慮をした結果だ」と批判し、一方でパレスチナの公式コラテラルイベントの開催申請は却下されたとも指摘しています。イスラエルを代表するアーティストはルーマニア生まれでハイファを拠点とするベルー=シモン・ファイナル。彼本人は「対話こそが解決の道であり、排除は解決にならない」と述べています

アーティストたちの声——「中立」は加担である

最も大きな動きは、4月1日に出た公開書簡です。メイン展示「In Minor Keys」のキュレーター5名のうち3名を含む73名のアーティスト・キュレーターが連名で、イスラエル・ロシア・アメリカの公式参加許可の撤回をビエンナーレ財団に求めました。書簡は「イスラエル館に随伴する軍・警察のプレゼンスは、暴力と恐怖の状況を会場にもたらす」と指摘し、展示を行う当事者として「直接関わる問題だ」と訴えています。

これ以前の3月17日時点でも、ANGAを中心に展示参加者183名が署名した別の公開書簡が発表されており、今回の第61回展を直前にして異例の規模の内部批判が蓄積されています。メイン展示のキュレーターであるコヨ・コウが掲げた「あらゆる生命の尊厳が守られる文脈」というビジョンを、財団自身が裏切っているという批判の構図は、単なる政治的主張にとどまらず、企画の理念的整合性への問いかけでもあります。

また4月1日には別途、70名のアーティスト・キュレーターが「ロシア・イスラエル・アメリカをビエンナーレから排除すべきだ」とする連名書簡を公表しており、反対署名は複数のルートで同時並行的に広がっています。文化政策の視点からは、こうした「内部告発型」の異議申し立てが大規模に形成されたこと自体、ビエンナーレという制度への信頼が臨界点に近づいている兆候として受け止めるべきでしょう。

「不介入」という制度的限界

ビエンナーレ財団の立場は一貫しています。「参加するか否かは各国が自律的に決定するものであり、財団が介入する仕組みは存在しない」というものです。ジャルディーニに恒久パビリオンを持つ国々には特に、財団が「排除」できる明確な法的根拠がない構造になっています。

しかし、2022年にビエンナーレ財団自身が「ロシア政府と繋がる公式代表団・機関・個人の参加は認めない」と声明を出していたことも事実であり、今回の対応はその自己表明と矛盾しています。「中立」を装う制度設計が、結果として特定の政治的立場への加担になっているという批判は、文化政策研究の文脈で長年指摘されてきた古典的なジレンマです。

「芸術の自律」という理想、あるいは虚構の前で

130年の歴史を持つこの制度が、国家間の政治的緊張を「芸術の場」という名のもとに不可視化し続けてよいのか——この問いを考えるとき、冒頭の1964年の逸話を思い起こさずにはいられません。62年前、アメリカが情報局担当者の支援により軍用機でアートを運んだあの時代、芸術と国家権力の共犯関係は公然たる事実でした。

それから60年以上が経ち、状況は外見上まるで違います。しかし現在もアメリカは、中東情勢の緊張を背景に地中海に空母打撃群を展開しており、その政治・軍事的プレゼンスはヴェネチアが位置する地中海世界と地続きです。アメリカのイラン攻撃をめぐっては、欧州の複数の国々が自国の基地使用や領空通過を拒否するという事態も起きており、軍事的連帯と政治的距離感のせめぎ合いは「文化の場」のそれと本質的に同じ構造を持っています。「参加させるか、させないか」「支持するか、距離を置くか」——その問いは、外交・軍事・文化のあらゆる舞台で同時進行しているのです。

「文化に政治を持ち込むな」という言説が、いかに歴史的に空虚でありうるかを、1964年のアメリカはすでに証明していました。そして今、同じ舞台の上で同じ問いが、より複雑な形で繰り返されています。開幕直前のヴェネチアは、世界の政治地図の縮図として、まさにいま最も注視すべき場所のひとつとなっています。

第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展は、2026年5月9日(土)に内覧会が開催され、同5月10日(日)より一般公開。会期は11月22日(日)まで。

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