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「文化」はサステナビリティの第4の柱になれるか — 理論から評価手法へ

  • 執筆者の写真: Arts&Considerations Tomoki Sakuta
    Arts&Considerations Tomoki Sakuta
  • 2025年6月1日
  • 読了時間: 4分

更新日:3月7日

近年、美術館や舞台芸術、地域の祭礼といった文化活動の分野でも、サステナビリティ(持続可能性)という言葉を耳にする機会が増えました。ただ、その議論の多くはどうしても、CO₂排出や資源消費といった環境負荷の問題、あるいは収益性や地域経済への波及といった経済的側面に集中しがちです。文化活動の価値がそこだけにあるわけではない、ということは多くの人が共有していると思いますが、それをどう説明し、どう評価するのかとなると議論は簡単ではありません。


そんな中で、2024年に発表された論文 “Methodological Framework for Integrating Cultural Impact in Sustainability Assessments of Cultural Events” は、文化政策の議論にとって興味深い試みを提示しています。この論文は、「文化をサステナビリティの柱として扱う」という考え方を、具体的な評価手法と結びつけて整理しようとしたものです。

この議論の背景には、文化政策分野では比較的よく知られている「サステナビリティの第4の柱」という考え方があります。オーストラリアの文化政策研究者 Jon Hawkesが2001年に提唱したもので、サステナビリティを環境・経済・社会という3つの柱で捉える従来の枠組み(図1)に対し、文化を独立した柱として位置づける(図2)べきだとするものです。文化は社会の価値観や意味の体系を形づくる基盤であり、それを抜きにして持続可能性を語ることはできない、という問題意識です。


図1 従来の理解
図1 従来の理解

図2 文化の柱を加えた状態
図2 文化の柱を加えた状態

この考え方はその後、 United Cities and Local Governments や UNESCOによる文化政策の議論にも影響を与え、都市文化政策の枠組みとして2004年に提唱された「文化のためのアジェンダ21(Agenda 21 for Culture)」などにも反映されています。

ただし、この議論には長く残されてきた問題があります。文化の価値を、実際の政策評価の中でどのように扱うのかという点です。理念としては広く共有されてきたものの、具体的な方法論は必ずしも整理されてきませんでした。


今回の論文が興味深いのは、この問題に対して既存の評価手法を応用する形でアプローチしているところです。論文では Life Cycle Sustainability Assessment(LCSA)という手法を文化イベントに適用することが試みられています。LCSAはもともと、製品や事業のライフサイクル全体を対象に、環境・経済・社会の影響を統合的に評価する枠組みです。研究者たちはこの枠組みに「文化的影響」という観点を加え、文化イベントの評価を環境・経済・社会・文化の4つの次元で整理しています。環境では資源消費や排出、経済では地域経済への影響、社会ではアクセシビリティや労働環境、そして文化の側面では文化的多様性、教育的価値、地域アイデンティティなどが検討されています。

もちろん、文化的価値を完全に数値化することは難しいでしょう。芸術や文化の価値をすべて指標化することには慎重であるべきだと思います。ただ、「文化」という観点を評価の枠組みに組み込もうとする試み自体は、これまで理念として語られてきた議論を一歩具体的なレベルに進めるものとも言えそうです。


日本でも、文化の社会的役割については政策文書の中で繰り返し言及されています。例えば文化芸術基本法や博物館法の改正では、文化施設の社会的役割や地域との関係が強調されていますし、そもそも社会教育施設としての役割もあります。ただ、現場レベルでは「文化の価値をどのように説明するのか」「どのように評価するのか」という点について、必ずしも共通の方法があるわけではありません。今回の研究は、文化を含む評価枠組みをどのように設計できるのかという点で、一つの参考になるかもしれません。

文化の価値はしばしば「重要だが測りにくいもの」として扱われます。それはある意味では当然で、文化の価値を完全に数値化することはおそらく不可能でしょう。一方で、文化政策や公共支出の文脈では、何らかの形でその価値を説明する必要もあります。文化の価値を完全に指標化することはできなくても、評価の議論の外に置き続けることにも限界があります。今回の研究は、その間を探る試みとして興味深く読むことができるように思います。


参考

文献リンク


Biedermann, A. M., et al. (2024). Methodological Framework for Integrating Cultural Impact in Sustainability Assessments of Cultural Events. Sustainability, 16(16), 6893.



その他の主要なフレームワーク

​「文化」の価値を多角的に評価する試みは、他にもいくつか存在します。本論文の基準とあわせて知っておくことで、より重層的な分析が可能になります。

ジョン・ホールデンの「3つの価値」:

文化の価値を「固有の価値(芸術的体験)」「道具的価値(経済・社会への波及効果)」「制度的価値(信頼や共創)」の3角形で捉える。

デヴィッド・スロスビーの「文化的資本」:

文化財を「資本」として定義し、その経済的価値と、他では代替できない文化的価値の両面から評価する。

UNESCOの「Culture|2030 指標」:

SDGs達成における文化の貢献を「環境」「繁栄」「知識」「包摂」の4分野で可視化するための最新のテーマ別指標。

© Arts&Considerations行政書士事務所 

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