パブリックアートの記憶は誰が守るのか——持続可能なアーカイブの設計思想
- Arts&Considerations Tomoki Sakuta

- 4月16日
- 読了時間: 19分

砂漠での蛍光色との出会い
10年ほど前、仕事でアメリカに赴任していた頃の話です。グランド・キャニオン方面への家族旅行で、幼い子どもたちとパートナーを自家用車の後席に乗せてロサンゼルスを発ち、まずはキャンピングカーを借りにラスベガスへと向かう途中のこと。寝ていたと思った後席のパートナーが「なんか変なものが見える!」と叫びました。目を向けると右手の砂漠の中に、確かにちょっと人工的な、塔のような、しかし遠目には岩と砂の風景に溶け込むようなシルエットが見えました。だんだんと近づくと、ポップな蛍光色——ピンク、オレンジ、黄色、青——に塗られているようでした。
ラスベガスまではその前年にも仕事で運転して行ったことはありましたが、そのときには確かにそんなものはなかったので、「あれは何だろう? 何かイベントの準備か撤収の途中なのかな」などと思いました。
すると、スマホで調べていたパートナーが「あれ、ウーゴの作品だよ!ウーゴ・ロンディノーネ!」と教えてくれました。彼女は2011年の横浜トリエンナーレで仕事をしており、その年のテーマ「OUR MAGIC HOUR」は、ウーゴ・ロンディノーネが横浜美術館の正面屋上に設置した作品のタイトルでもあり〔注1〕、ロンディノーネは馴染みのある作家だったのです。この作品《セブン・マジックマウンテン》には公式サイト(sevenmagicmountains.com)があり、情報はすぐに手に入ったようです。
しかし、その時はキャンピングカーを借りる時間も迫っており、「それ」を見るには高速道路からいったん降りなければならないのは明らかでした。それで仕方なく「帰り道にじっくり見られたら良いな」などと言いながら、そのまま通り過ぎてしまいました。
注1:横浜トリエンナーレ2011のテーマ「OUR MAGIC HOUR」は、ウーゴ・ロンディノーネが横浜美術館の正面屋上に設置した屋外作品《our magic hour》から採られた。また美術館の正面広場には12体の巨大な頭部が並ぶ《月の出、東》が設置され、芸術祭全体のアイキャッチにもなっていた。
驚きと記憶
子連れで気ままなのんびりキャンピングカー旅行で、グランドサークルは半分しか回れませんでしたが、無事にラスベガスに戻った後、ゆっくり時間を取って、作品のサイトに向かいました。
これほどの大規模な作品であっても、砂漠に作られた駐車場に無料で車を止めて見ることができ、現場スタッフや清潔なトイレなどのインフラも整っていました。ウェブサイトには2年間という時限付きのプロジェクトであるという記載がありましたが、こうした環境を保つコストを考えると、仕方ないなとも感じました。
カラフルで巨大な石の塔が7本、乾ききった大地からまっすぐに突き立っています。全く初めて見る光景で驚いてしまいました。《セブン・マジックマウンテン》は、高さ9〜10.5メートルの、石を積み重ねた7本の塔からなります。
塔の間から眺めると、巨大な岩が崩れてきそうな緊張感と、ポップでカラフルな蛍光色が砂漠の中に突如浮かぶことでそのスケール感、距離感、重量感が幻惑される感覚など、様々な矛盾する要素が一度に感じられて、素晴らしいと感じました。
私たちはグランドキャニオン、セドナ、メテオクレーターと、西部の自然景観を巡ってきたばかりでしたが、そこで見た雄大な自然の風景の数々に引けを取らないほどの印象でした。
こうして、道中の砂漠で不意に出会った作品が、いまでも旅の印象的な記憶として残っています。
その作品の記録は、どこへ行くのか
この経験のように、「観に行く」のではなく「途中で不意に出会う」——それがパブリックアートというジャンルの作品との、ある意味で理想的な出会い方かもしれません。また、パブリックアートの本質は、「そこに行かなければ出会えない」という身体性と場所性にあるかもしれません。
しかし同時に、行けなかった人、まだ生まれていない人、遠い国から関心を持った研究者はもちろん、一度見た人にとってさえ、その作品の記憶を留め、正確な記録を残す手段には価値があると感じます。そして、パブリックアートに限らずデジタルアーカイブには継続的に費用がかかりますが、その資金調達や開発プロセスも含めて持続可能性が考えられている例についてはそれほど知られていないと感じています。
一部の例外を除き、芸術祭のような形式も含めて、日本の文化事業の公式Webサイトは必ずしも残りません。その結果、展示されていたものを調べようとして見つからず、アメリカの非営利団体Internet Archiveが運営するWayback Machine(いわゆるArchive.org)に「たまたま保存されていた」ことに事後的に安堵する、ということさえあります〔注2〕。
《セブン・マジックマウンテン》ほどの有名作家の巨大作品、しかも最近置かれたものならば、たちまち様々な情報がつながりますから、まず大丈夫でしょう。他方で、委託者も所有者も曖昧なまま、許可なく描かれ、いつ消えるかわからない——そうした作品の細かな記録はどこに保存されるのでしょうか。地図サービスのストリートビュー機能くらいしかないのでしょうか?
注2:国立国会図書館にはインターネット資料収集保存事業(WARP)があるが、主に公的機関のWebサイトを対象とし、民間・非営利の文化事業サイトは原則対象外となっている。
「パブリックアートのIMDb」を目ざす「PAA」
こうした課題に対し、パブリックアートについて持続的にデータベースを構築しようとする試みの一つが、Public Art Archive(PAA)、publicartarchive.org です。
これは2010年、アメリカ西部13州と太平洋諸島を管轄する民間広域芸術機関であるWESTAF(Western States Arts Federation、現名称:Creative West)が立ち上げたパブリックアートのオンラインデータベースで、「Make Public Art More Public」つまり「パブリックアートをより公共的(パブリック)に」をミッションに掲げています。
収録対象は、屋外彫刻や壁画といった恒久設置作品から、一時的なインスタレーションまで幅広く、登録も閲覧も無料です。
情報へのアクセスは、アーティスト、自治体担当者、アートアドミニストレーター、研究者、そして偶然出会った作品の来歴を知りたい旅行者まで、すべての人に開かれています。映画情報データベースのIMDbが映画を、WorldCatが世界中の図書館蔵書を横断的に記録するように、PAAはパブリックアートの記録を一か所に集積しようとしています。もちろん《セブン・マジックマウンテン》も収録されています(https://publicartarchive.org/art/Seven-Magic-Mountains )。
さらに、その対象範囲はアメリカ50州とグアム・プエルトリコなどの海外領土にとどまらず、「世界中のパブリックアートを収録する」へと向かっています。
非営利事業ならではのビジネス的巧みさ
無料で誰でも使えるデータベースを、民間非営利団体が15年以上にわたって維持し続けられているのはなぜか。
調べてみたところ、その答えは、単にお金があるからというより、PAAの財源構造の巧みさにあるようです。まず基盤となるのが、組織の根幹を支える公的資金、NEA(全米芸術基金)からCreative Westへの連邦助成金です。
アメリカには、NEAと、全国を6つのブロックに分けた民間の広域芸術機関(RAO)とのパートナーシップがあります。これらの各組織に対しては、単発のプロジェクト助成ではなく、組織の体力そのものを維持するための包括的な交付金が毎年度自動的に交付される仕組みがあります。連邦政府からNEAに渡されるから助成資金は、その40%が全米各州の芸術機関と6つのRAOに強制的に振り分けられることが法定されている、そんなイメージです。
Creative Westは西部ブロックのRAOとして、この安定した連邦資金を受け続けています。仮に日本に当てはめていえば、都道府県とか、「東北ブロック」「四国ブロック」のように分かれた広域のアーツカウンシルがあり、そこに国が直接コア運営費を出すようなイメージですが、日本ではその仕組みがいまだ整っていません(障害者芸術支援に関する厚生労働省の支援センタープログラムは、ブロック単位と都道府県単位がある点で、少しこれに近いものがありますが)。
次の柱が、機関向けのコレクション管理システム(CMS)のライセンス供与です。PAAは一般向けには完全無料ですが、美術館・自治体・パブリックアートプログラムの担当者向けに、パブリックアートの記録・管理・公開に特化したCMSをライセンス提供しています。Gallery SystemsのTMSやeMuseumのような商用収蔵品管理ソフトウェアは導入コストが高く、中規模以下の機関には手が届きにくい。ここまでは日本でも同じですが、PAAはパブリックアートに特化した非営利CMSとして、その隙間のニーズに入り込んでいます。無料の公開データベースに登録機関が集まれば集まるほど、データの価値が高まり、そのデータを管理したい機関がCMSを契約する——ネットワーク効果が収益に直結する設計です。
そして実はPAAはCreative Westの単独サービスではなく、CaFÉ(callforentry.org)という別のサービスと一体のエコシステムを形成している点も見逃せません。CaFÉはPAAに先立ち、2005年にCreative West(当時WESTAF)が開発したオンライン公募管理プラットフォームで、現在18万人以上のアーティストと800以上のアート団体が登録するアメリカのアート公募の事実上の標準インフラです。アーティストは無料で登録・応募でき、主催者側は公募1回あたり250〜475ドルの基礎料金と、応募1件あたり2.49ドルという従量課金でプロフェッショナルな選考管理システムを利用できます。独自に同等のシステムを構築・維持するコストと比べれば、地方自治体や中小規模の非営利団体でも現実的に導入可能な水準に抑えられています。「公募→選考→制作→記録→管理」というパブリックアートのライフサイクル全体を、CaFÉとPAAとPAA CMSという三つのデジタルサービスが連続してカバーする設計になっており、ネットワーク全体の規模が各サービスの価値を相互に高め合っています。PAAへの作品登録をCaFÉから行うこともできる、データベース連携機能もあり、ユーザーの利便性を高めています。
技術的な基盤において非営利が貫かれています。2010年の創設当初は、EtsyやFood Networkでも採用されていたApache LuceneプロジェクトのオープンソースフレームワークSolrを検索エンジンに採用し、商用ライセンス費用を回避しました。語彙や検索基準の標準化には、ARTstorやハーバード大学のデジタルライブラリプロジェクトと同じ参照標準を用い、学術的信頼性を初期設計から組み込んでいます。
その後、2020年代のシステム刷新では、カリフォルニア大学バークレー校などが共同開発したオープンソースの収蔵品管理プラットフォーム「CollectionSpace」をパブリックアート向けにカスタマイズして導入しました。このリニューアルに要した開発予算は公開情報によれば15〜20万ドルです。このように外部の開発元へのライセンス料等支払いを回避しつつ、自ら提供する有料CMSはライセンスで継続するための資金を調達する。価格体系や年間収益は非公開ですが、こうした持続的なコスト設計こそが、PAAを「助成金が切れれば終わるプロジェクト」にしなかった重要な要因といえます。
なお、PAA自体の運営財源としては、NEAからの連邦資金は使われていません。Andrew W. Mellon Foundationなどの民間財団が、仕組みの実証期間を「ブリッジファンド」として支えてきました。加えて、コミュニティ写真の収集といった特定機能の開発にはクラウドファンディングを行って資金調達をするなど、財源の多層化を早くから意識してきた組織でもあります。「連邦助成金による基幹運営基盤+CMSライセンス収益+民間財団協賛+クラウドファンディング」という重層的な財源構造こそが、PAAを単なる「助成金頼みのプロジェクト」に終わらせなかった理由と思われます。
「記録されないアートは忘れられる」——日本・英国との比較から
こうしたサービスが生まれた背景には当然、「記録されないアートは忘れられる」という切実な危機意識があります。パブリックアートは撤去されることもあれば、設置者である自治体や企業の担当者が異動するたびに管理情報が散逸することもある。作家が亡くなれば委託作品の全体像を把握できる人間がいなくなる、という事態すら起きます。2024年、PAAがアメリカを代表する彫刻家リチャード・ハントの遺族財団と連携し、その膨大な公共空間での委託作品群をデータベース化したのは、そうした問題意識の具体的な表れです。アーカイブ機能が単なる検索ツールを超え、文化遺産の保全装置として機能し始めている事例といえます。
日本の@ART
実は日本にも、PAAと同じ志を持つ試みが10年以上前から存在します。2012年に3名のメンバーによる任意団体として発足し、2021年に一般社団法人として改組した「@ART」(at-art.jp)は、「普段の生活の中で身近に存在するアートを位置情報とともに紹介し、アートの敷居を低くする」ことをミッションに掲げ、日本全国のパブリックアートのデータベース化に取り組んでいます。パブリックアートに関する情報や写真を持っている人なら誰でも、公式サイト上のフォームから運営者に連絡することができ、データベースへの登録は運営者が行っています。

2022年6月には検索型の「Public Art Database(β)」(database.at-art.jp)をリリース。Googleマップを活用した位置情報の公開も行いながら、同年10月時点で約2,500件を収録する国内最大級のデータベースとなっています。「3Dアーカイブ」という、おそらく運営者が「特に記録として残したい」と判断した作品に対して多角的な情報を重ねた特別なコンテンツも少数ながら存在し、「記録されないアートは忘れられる」という運営者の問題意識がよくわかります。
たとえば筆者がよく訪れる川崎駅の駅前には、グラフィックデザイナーである粟津潔(1929〜2009)が、川崎市文化協会の創立30周年を記念して1986年に制作・設置した《希望 "HOPE"》があります。この先の日進町UNICOにある、大好きなTKBrewingさんというクラフトビール醸造所のタップルームに行くとき、いつもこの横を通りながら見ています。
本作は「@ART」に登録されていて(https://at-art.jp/japan/kanagawa/kawasaki/hope/ )見ていただければ、この《希望 "HOPE"》が石を積み上げたような縦長のモニュメントで、もし蛍光色に塗ったらすこしばかり《セブン・マジックマウンテン》の一本に似てくるかもというシルエットであることもわかります(その点も含めて、私のお気に入り作品のひとつです)。
「@ART」はこうした素晴らしい試みですが、しかし、活動を本業の傍ら自己資金で賄っているという実情を踏まえれば、PAAが同じ時期の間に、助成とCMSライセンス収益で自走軌道に乗り、海外のパブリックアート情報を記録できる体制にまでなったことと比べると、少し差を感じるのも事実です。マップ機能のリリースから3年以上が経過した現在も、データベースはβ版のままで、3Dアーカイブの対象もごくわずかです。この差は個人の努力の問題ではなく、制度設計と運営基盤のサイズの違いから生まれた違いと考えるのが自然かと思います。
英国のART UK
同じ課題に対して、英国では別のアプローチが試みられています。美術教育の慈善団体Art UKは、もともと英国公共コレクションの約100万点の美術作品をデジタル化し、3,500機関を結ぶポータルとして「英国公共コレクションをすべての人に」という使命を掲げています。

ART UKは2017年から5年間、国立宝くじ遺産基金280万ポンドの支援を得て、英国全土の公共彫刻13,500点以上、140,000枚の写真を撮影・公開した「屋外彫刻デジタルアーカイブ事業」を完了していましたが、2024年1月、バンクシー作品を含む英国内の壁画・ストリートアート約5,000点を、トレーニングを受けた市民がボランティアで記録・投稿する参加型アーカイブとして構築する計画を発表。この「Murals Digitisation and Engagement Programme」は2026年3月に当初のフェーズを終えましたが、5,000点の記録を目標としていたところ、6,600点超を記録して目標を上回りました。これにより、Art UK全体のデータベース上の屋外パブリックアート総数は21,000点超に達したということで、今後引き続きこのやり方を屋内壁画などに延長していく予定とも報じられています。
PAAが非営利組織による制度的なインフラ設計を核とするのに対し、Art UKのモデルはウィキペディア的な「集合知」にやや近い(ただし作品登録の権限・責任はArt UKとパートナー機関が持っており、完全な「誰でも好きに投稿」モデルではなく、一定の選抜・訓練を経たボランティアが参加する「参加型だがコントロールされたアーカイブ」です)。どちらが優れているというよりも、記録から漏れ落ちるものが出ないよう、複数の方法論が補完し合う状況が理想であることを示しています。
まとめ
アメリカにおけるPAAの成立はひとつの実践的な回答です。連邦政府が地域芸術組織のコア運営を安定支援し、その組織が収益モデルを自ら設計し、民間財団がその実証期間をつなぐ——この三者の役割分担が機能したとき、「誰もやらなければ消えてしまう記録」を守る仕組みが生まれます。行政でも市場でもなく、その間に立つ中間支援組織が担うべき基盤的な機能は持続可能であるべきで、それを構造的な工夫やテクノロジーを交えて実現しようという、アメリカの文化政策の一つの傾向が凝縮されています。資金的にも自走を可能とすることで、仮に外的な要因で資金がカットされても、基盤的な仕組みだけは残せるような設計です。日本でこの問いに答えようとするとき、PAAという事例は単なる海外の好例にとどまらず、非営利分野の文化財を記録する制度設計の具体的な方法論として読み直す価値を持っています。
補足1:アートマネジメントとDXを担う人材育成
蛇足ながら、アートマネジメントとテクノロジー、日本風に言うと「DX」というテーマは、アメリカは一日の長があると言わざるを得ません。NEAが2019年からフォード財団・ナイト財団とともに芸術分野のDX推進に本腰を入れて調査や啓発活動を進めていたり、芸術団体のマーケティングや運営面のDXに対する民間財団からの支援が進んでいることなどについて以前文化庁の報告書でも書きましたが〔注3〕、デジタルテクノロジーがいかにアートマネジメントにとって重要であるか、なんといっても芸術団体の経営層も民間財団もよく認識していますし、この分野をリードしようとすれば自然と資金も人も集まる仕組みができつつあるように感じます。そして、そのための人材も育っています。
注3:文化庁と大学・研究機関等との共同研究事業(令和6年度)諸外国の文化政策等に関する調査・研究(早稲田大学) 報告書p38-42 https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/94223601_01.pdf
例えば、カーネギーメロン大学(CMU)のアーツマネジメント修士課程には、テクノロジー研究センターAMT Lab(Arts Management and Technology Laboratory)が附設されていて、アートマネジメント分野におけるテクノロジー活用の「どのように」と「なぜ」に答えることを使命とし、ケーススタディ、製品レビュー、インタビュー、全国規模のサーベイ調査などを通じて知見を発信。現役・将来のアーツマネジャー、テクノロジスト、研究者にとっての実務的な参照点となることを目指しています。
AMT Labのブログは、アートと技術とマネジメントの交差点を探求するプラットフォームとして機能しており、AIや3DプリントからNFT、ロボティクスまで幅広い技術動向をアーツマネジメントの視点から論じています。記事の執筆はスタッフだけでなく大学院生のコントリビューターも担っており、研究室兼情報発信拠点という性格を持っています。アートマネジメントのDXを担う人材も育っているというわけです。ここは、もしかして一番、日本のアートマネジメントの現場の弱点となってしまっているのかもしれません。
ちなみに私の好きな作品である川崎の《希望 "HOPE"》は、残念ながらPAAには登録されていません。PAAへの登録申請は誰でもできるルールにはなっておらず、作品の制作・委託・維持管理に関わる当事者に限られています。またPAA本作の作家はすでに故人であり登録できず、仮に川崎市や川崎市文化協会(制作当時の委託者)がPAAの存在を知ったとしても、他の業務に追われる中で、PAAに英語で登録作業を行う優先度は高いとはいえないでしょう(私は、登録してほしいと思っていますし、お声がけいただければお手伝いしたいですが…)。
「世界中のパブリックアートを収録する」というPAAのミッションはありますが、今のところは登録が申請ベースである以上、日本語圏の作品は構造的に空白になりやすい。実際PAAには東京、横浜に各1件ずつしか登録作品がありませんし、東京の作品はなぜか地理的情報の登録に失敗しているようで、さいたま市内の住宅地の一画が出てしまいます(もちろんその作品は本当はそこにはありません)。このように記録のインフラがあることと、それが慎重に行われること、さらに記録が正確に行われることの間には、それぞれ大きな距離があります。これを埋めるためには、「@ART」のような手弁当の活動を支援していくことも重要ではありますが、より組織としての規模と開発能力を自前で持つ中間支援団体が、こうしたインフラ整備に持続的に取り組んでいけるモデルの方が現実的なのかもしれません。むしろ公的資金を継続的に組織基盤に支払う根拠にもなるかもしれない、とも思います。
補足2:野心的なパブリックアートを支える機動力の高い非営利団体
最後に、《セブン・マジックマウンテン》の話に戻ります。この作品は当初は2年間の期間限定で2016年5月11日にオープンしたプロジェクトでしたが、どんどん会期が延長されて今のところ2027年まではそのままあるようです。ネバダ美術館(Nevada Museum of Art)とアート・プロダクション・ファンド(Art Production Fund、APF)が共同で制作費を負担しています。実はこのAPFもユニークな団体です。2000年にキュレーターのイヴォンヌ・フォース・ヴィラリアルとドリーン・レメンが設立した、ニューヨーク拠点の、人員的には比較的小規模な非営利団体(常勤3名)ですが、「野心的なパブリックアートプロジェクトを委託・制作する」ことを専門とし、アーティストへの資金・技術・物流の包括的支援を行っています。この《セブン・マジックマウンテン》をはじめ、ロックフェラー・センターでの屋外インスタレーション、フリーズ・ロサンゼルスとの提携プログラムなど、全米各地の大規模パブリックアートプロジェクトを手がけてきました。「アーティストのビジョンを常に信頼する」という姿勢を一貫して保っており、商業的な成算より作家の挑戦を優先する姿勢がアメリカの芸術界で信頼されています。また執行ディレクターのケイシー・フレモント、運営ディレクターのキャスリーン・リンチという女性2名が運営の中心を担っており、「女性主導の非営利団体」としても有名です。少人数だからこそ意思決定が速く、「リスクを取るプロジェクトにタイムリーに応答できる」ことを組織の強みと位置づけています。資金はいわゆるガラ(チャリティーディナー)などのイベントで調達していますが、直近のガラでは76万ドル(執筆時点のレートで約1億2000万円)以上を集めています。このような資金調達は日本では文化の違いもあり、なかなか真似できないところではあるのですが、「全国で野心的なパブリックアートを実現する非営利のプライベートファンド」は魅力的なアイディアに感じます。
仕事柄、驚かされる作品を見ると、その作品や作家に感銘を受けて好きになるだけではなく、「なぜ、どのように、誰が、どんな仕組みがこの作品の実現に貢献してくれたのか?」を考えてしまいます。今回はパブリックアートをめぐる記録の話が中心でしたが、「つくる」ことも「のこす」ことも、専門性の価値を世に伝える事も含めて、どうしたらもっと厚みを作っていけるか。資金不足や人材不足、社会の仕組みを批判することでそれが生まれてくるわけではなく、やはりそれは業界の中で「育つ仕組み」をデザインしていくしかないと考えています。

参考URL一覧
《セブン・マジックマウンテン》関連
アクセス・場所情報:https://sevenmagicmountains.com/visit/
Nevada Museum of Art(作品・展示詳細):https://www.nevadaart.org/art/exhibitions/ugo-rondinone-seven-magic-mountains/
PAA収録ページ:https://publicartarchive.org/art/Seven-Magic-Mountains
制作過程を含む記事:https://publicdelivery.org/ugo-rondinone-stone-sculptures/
Public Art Archive(PAA)・Creative West
PAA公式サイト:https://www.publicartarchive.org
Creative West 組織概要(日本語):https://wearecreativewest.org/ja/about-us/
Creative West PAA RFQ文書:https://wearecreativewest.org/public-art-archive-rfq/
NEA掲載のCreative West:https://www.arts.gov/impact/regional-profiles/western-states-arts-federation
PAAの技術設計(AMT Lab @ CMU、2010年):https://amt-lab.org/blog/2010/10/technology-on-the-horizon-the-public-art-archive
PAA創設10周年記録(CaFÉ):https://www.callforentry.org/a-timeline-from-start-to-finish-the-public-art-archives-anniversary-map/
WESTAF コミュニティ写真クラウドファンディング(2014年):https://explore.publicartarchive.org/2014/08/12/westafs-public-art-archive-partnership-for/
リチャード・ハント作品のPAA収録(PR Newswire、2024年):https://www.prnewswire.com/news-releases/preeminent-american-sculptor-richard-hunts-artworks-now-on-the-public-art-archive-302279247.html
@ART
公式サイト:https://at-art.jp
サービス概要:https://at-art.jp/about/
公式note:https://note.com/at_art
Art UK・英国壁画アーカイブ
公式サイト:https://artuk.org/
オンラインデータベースポータル:https://artuk.org/discover/discover
Art News Japan記事(2024年):https://artnewsjapan.com/article/2037
The Art Newspaper記事(2026年): https://www.theartnewspaper.com/2026/04/01/charity-art-uk-digitises-nearly-7000-murals-across-country
AMT Lab
Art Production Fund(APF)




