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非営利・公的活動マーケットで、美術家はどうキャリアを組み立てるか

  • 執筆者の写真: Arts&Considerations Tomoki Sakuta
    Arts&Considerations Tomoki Sakuta
  • 2 日前
  • 読了時間: 14分


《Seven Magic Mountains》ウーゴ・ロンディノーネ
《Seven Magic Mountains》ウーゴ・ロンディノーネ

継続性、オリジナリティ、芸術的卓越性、コネクション、そして小さな体制づくり

ヴィジュアルアーティストのキャリア形成を考えるとき、商業市場だけを前提にした語りでは捉えきれない領域があります。自治体、文化財団、美術館、アートセンター、NPO、大学、福祉・教育・地域連携事業、助成を得た自主企画、リサーチ、ワークショップ、記録やアーカイブ、コーディネートやファシリテーション。

パブリックアートやソーシャリー・エンゲイジド・アートといった呼び名や形態も多様です。こうした非営利・公的活動マーケットは、収益構造が見えにくい一方で、実際には多くの美術家にとって重要な活動基盤になっています。

近年、さらに踏み込んで公的領域のデザイン・パートナーとしてアーティストに関わってもらう「Artist- Municipal Partnarship」という言葉も出てきています。これは自治体がアーティストを単なる「賑やかしのための請負業者」や「イベントの客寄せ」として消費するのではなく、地域の課題解決、都市計画、あるいは市民のシビックプライド醸成における「共同制作者」として位置づけるアプローチです。

こうした領域の拡大あるいは深化に伴い、アーティストに求められる条件は明確になってきています。単発の作品発表だけでなく、活動の継続性、社会や地域との接続、契約や発注への対応力、そして企画を安定して実施する体制です。

この状況は必ずしも良いことばかりではありませんが、この環境のなかで、美術家はどのようにキャリアを組み立て、収入を設計していくべきなのでしょうか。ここでは、非営利・公的活動マーケットを主なフィールドの一つとするヴィジュアルアーティストを念頭に、その戦略を整理してみます。

1 このマーケットは、「作品販売」だけではできていない

非営利・公的活動マーケットにおける収入は、しばしば作品販売よりも、複数の小さな収入源の組み合わせで成り立っています。たとえば、展覧会参加謝金、制作費、設営費、ワークショップやレクチャーの謝金、リサーチや地域連携の委託費、記録・編集・ファシリテーション、助成による自主事業費、大学や自治体からの短期委託などです。

ここでは、作家の価値が「作品を作る人」という一点でのみ評価されるとは限りません。企画を成立させる力、関係者と対話できる力、現場を回す力、予算や報告に耐える力まで含めて、次の仕事につながっていきます。言い換えれば、この領域でのキャリア形成は、狭い意味での「売れた/売れない」よりも、「どのような活動を継続的に任されるか」という信頼形成の問題として考えたほうが実態に近いように思います。行政や民間の財団が行う助成や公的な選考では、単に「良い作品を作れるか」だけでなく、「どのような問題意識を持ち、それを今後どう展開していくか」が評価対象になります。加えて、芸術関係の助成制度では、近年は従来の芸術創造活動そのものに加え、創造環境向上に向けた活動や、芸術文化による社会支援といった文脈で支援する枠組みも増えてきています。

とはいえ、自分で作品などの販売のチャネルを別途持っておくというやり方も悪くはありません。海外も含めた文脈やマーケットを熟知したいわゆる大手ギャラリーに所属するだけではなく、大型のアートプロジェクトの合間に、マケット(模型)やエスキース、習作のような小品をドキュメント(そして次回予告)のような形で展示したり、関連イベントを開催することで、売れれば資金調達に、売れなくてもファンベースの構築や活動のアピールにつながるからです。

2 それでも核になるのは、オリジナリティと芸術的卓越性である

もっとも、実務や遂行能力の話だけでは、美術家の活動の中心がぼやけてしまいます。長期的に見れば、やはり核にあるのはオリジナリティと芸術的卓越性です。

ここでいう卓越性は、単なる知名度や受賞歴ではありません。何を探究している作家なのかが説明できること、表現上の問題設定に独自性があること、過去作を見たときに一貫した関心や方法が見えること、他者との協働の場でも作家としての視点が埋没しないこと。そうした活動全体の骨格にかかわる質です。

言葉だけで全てを説明しきれる必要はありませんし、言葉が干渉を妨げることも確かにあります。提示するときの文脈にも依存します。とはいえ受け止める人間は一人ひとり違うので「これは何か」と聞かれたときのコミュニケーションの設計は必要です。そこで説明を聞いても「なるほどわかった」で終わらず、「もっと知りたい、見たい」と感じさせるためには(たとえそれが、「100人に1人」をターゲットにしているのだとしても)、核になるものの質がなければ難しくなります。

3 継続性とは、同じことを続けることではなく、活動を更新し続ける力である

近年、非営利・公的活動の側で強く見られているのは、活動の継続性です。ここでいう継続性は、毎年同じ形式の展示を繰り返すことではありません。状況に応じて形を変えながらも、自分の主題や方法を更新し続けられるかどうかです。

その意味で、ポートフォリオやCV(活動履歴)の見せ方はとても重要です。展覧会歴を並べるだけでなく、自主企画、助成採択、共同研究、教育普及、出版、寄稿、トーク、記録、地域連携などを、ばらばらの雑務ではなく、自分の実践の展開として整理できるかどうか。文脈を意識しながら見せられるか。それによって、次の仕事の入り方はかなり変わります。

非営利・公的活動マーケットでは、過去の成果がそのまま将来の雇用保証になるわけではありません。けれども、活動が「線」として見える人は、説明しやすく、託しやすい。継続性とは、その説明可能性でもあります。

4 正しいコネクションとは、顔が広いことではなく、文脈が合う相手とつながることである

この領域ではしばしば「コネクション」が語られます。しかし、必要なのは、無差別に人脈を増やすことや「君の作品を買ってあげる/売ってあげる」という人と出会うことではなく、「正しい人々としっかり継続的につながる」ということです。

そのために有効な戦略は、自分の実践を理解してくれる文脈を探し出し、そこにいる人々に接続し、できるだけ密に連絡を取ることです。たとえば、自分の主題に近いキュレーターや研究者がいる機関、地域連携や教育普及に強い中間支援者、公的助成や公共文化施設の実務を理解している担当者、福祉・教育・まちづくりなど隣接分野の協働先、事務、記録や広報に強い実務者との関係です。既に活躍している先輩アーティストでも構いません。

大切なのは、「どのような問題意識を持ち、どのような実践を積んでいるか」が伝わる状態を作り、「理解者を紹介してあげたい」と相手が感じる関係を作ることです。そのためには、プロフィール、ステートメント、ウェブサイト、過去事例の整理が不可欠です。できれば学生(例えば大学院生)のうちから上記のような人々と実際に会い、話をして、鍛えていくのが重要です。よく学生が間違えるのが単に「こんなことをやってます」「今度展示を見に来てください」というパターンですが、それで来てくれるのは既にあなた自身や過去の活動を知っている人だけです。そして、下手をすると、言葉は汚いですが「舐められ」ます。まずは自分が何にこだわって、何をしたくて活動をしているのかの核を決め、文脈が合う相手を見つけ、その相手に合わせて柔軟に中身を話せるようになることが、一人前のアーティストとしてリスペクトされ、「舐められ」ずに、正しいコネクションを作っていく第一歩です。

5 建築家の働き方と重ねると、美術家の変化が見えやすくなる

ここで補助線として有効なのが、建築家の働き方です。もちろん建築と美術は同じではありません。建築は制度的にも発注、監理、安全責任との結びつきが強く、美術のほうが個人実践の自由度は大きい。それでも、非営利・公的活動マーケットにおける美術家の働き方は、一部で建築家の実践に近づいてきています。

共通しているのは、公共性のある仕事を受けること、単発の成果だけでなく継続的な実施能力が問われること、少人数のチームで受託と創作を両立させること、そして成果物そのものだけでなく、文脈を読み取り他者と協働する力が評価されることです。国土交通省は、建築分野について設計・工事監理等に係る業務報酬基準を継続的に示しており、2024年1月には現行の国土交通省告示第8号を公表しています。これは、創造的専門職の仕事が、単純な価格競争だけでは支えきれないという問題意識の現れでもあります。 (国土交通省)

この構造は、近年のヴィジュアルアーティストにもかなり重なります。助成事業、自治体連携、美術館外でのプロジェクト、福祉・教育・地域との協働では、作品制作だけでなく、対話、記録、契約、報告、発信まで含めて仕事が成立しています。文化庁の契約ガイドライン改訂は、その現実に制度側が追いつこうとしている動きとして読むことができます。 (文化庁)

6 ユニットやパートナーシップは、作風の問題であると同時に、働き方の問題でもある

建築分野では、共同主宰、パートナー制、夫婦ユニットといった形は珍しくありません。小規模事務所が二人以上の共同主宰で立ち上がり、設計、営業、現場、広報、マネジメントを分担しながら公共案件や地域プロジェクトへ広がっていく例は少なくありません。

美術の世界でも、ユニットは以前から重要な形式です。英国の「Gilbert & George」 は国際的にもっとも知られたアートデュオの一つです。日本の「明和電機」は芸術ユニットとして、展覧会、ライブ、プロダクト開発を横断しながら独自の活動を続けています。ドイツ在住のアーティストカップルである山下麻衣+小林直人も、継続的に共同制作を行うアートユニットとして、美術館や展覧会の場で紹介されてきました。

ここで重要なのは、ユニットが単なる作風上の選択ではなく、働き方の形式でもあるということです。二人以上で組むことで、アイデアの生成だけでなく、外部との折衝、申請、記録、移動を伴う現場対応、継続案件の管理がしやすくなる。とりわけ非営利・公的活動マーケットでは、作品の強さに加えて、遂行力が求められます。そのため、デュオや小規模ユニットは創作と運営の両面で合理性を持ちます。

カップルやパートナー同士のアーティスト・ユニットも、単に私的関係が作品化されているからではなく、表現と生活と仕事の単位が重なりやすくなっている場合もあります。とくに、移動、申請、対外調整、制作補助、記録、資金繰りまで含めて活動しなければならない現代の条件下では、二人以上で実践を組むこと自体が、一つのキャリア戦略になっています。

7 契約と報酬は、個人の交渉力にだけ委ねるべきではない

この点で、建築家との比較はもう一段深い示唆を与えます。建築士の設計・工事監理業務については、建築士法25条に基づき、国土交通大臣が報酬基準を告示で定めることができます。現行の業務報酬基準は2024年1月の国土交通省告示第8号で示されており、国土交通省のガイドラインはその趣旨を、建築士の独占業務について、報酬の不当な引上げを避けるだけでなく、過当競争による過度の引下げによって適正な業務執行が妨げられないようにするための基準として説明しています。通常、弁護士や行政書士などの士業であっても同業団体が報酬基準を定めるのは独占禁止法上、価格カルテルとして法に触れる可能性があるのに比べて大きな違いがあります。

これは、建築家の報酬がすべての場面で自動的に守られているという意味ではありません。実際の契約は当事者間の合意によりますし、万能な制度でもありません。ただ、少なくとも建築分野では、公共性が高く、質の確保が不可欠な創造的専門業務について、単純な価格競争だけに委ねない調整原理が、法制度の中に一定程度組み込まれているわけです。

このことは、公共・非営利分野で活動する美術家やキュレーター、アートマネージャー、ファシリテーター、コーディネーター等の報酬を考えるうえでも示唆的です。現在の文化芸術分野では、契約の適正化やフリーランス法対応は進みつつあるものの、報酬水準そのものをどう支えるかについては、まだ個別交渉や各団体の善意に大きく依存しています。文化庁のガイドラインは重要な前進ですが、その先には、公共性の高い創造的活動について、質を確保しうる報酬の下支えをどう設計するかという議論が必要ではないでしょうか。

もちろん建築士法型の制度をそのまま美術分野に移植できるわけではありません。職能の輪郭も、市場構造も、業務の多様性も異なります。ただ、公共・非営利分野で行われる創造的活動について、質の維持に必要な最低限のコストや専門性を可視化し、発注や助成の設計に反映させていく必要がある、という問題意識は共有しうるはずです。また見逃されがちですが、公的な芸術活動における安全運営確保に関する責任を芸術家自身や主催者がどこまで負うかということは、芸術的な決定権のあり方とも密接に関わってきます。

8 収入戦略は、「三層構造」で考えると整理しやすい

非営利・公的活動マーケットで安定性を高めるには、収入を三層に分けて考えると分かりやすくなります。

第一層は、作家の核となる表現活動です。展覧会、リサーチ、制作、発表、自主企画、助成事業など、自分のオリジナリティや芸術的卓越性を形にする領域です。ここは利益率が高くないこともありますが、キャリアの中心です。

第二層は、その周辺にある専門業務です。ワークショップ、レクチャー、寄稿、審査協力、ファシリテーション、地域連携、アーカイブ、コーディネートなど、作家としての知見や実践を展開する仕事です。ここは比較的収入化しやすく、継続案件にもつながりやすい。

第三層は、組織的に拡張可能な受託業務です。記録、制作進行、調査、事務局機能、プロジェクト運営、広報編集など、個人単独ではなく、小さなチームで受けると成立しやすい仕事です。

この三層を分けて考えると、「本来やりたいこと」と「生活のための仕事」が対立しにくくなります。第一層だけで食べようとして疲弊するのではなく、第二層と第三層を設計し、第一層を支える構造を作る。その組み立てが現実的です。

9 少人数のチーム編成と共同実践は、活動の持続可能性を支える

ここは今後もっと正面から議論されてよい点だと思います。ヴィジュアルアーティストの多くは、長く「一人で回す」ことを前提に活動してきました。しかし、非営利・公的活動マーケットの受託業務やプロジェクト型実践は、一人では処理しきれない局面が確実に増えています。申請、経理、契約、調整、記録、広報、報告、関係者対応など、作品制作以外の工程が重くなっているからです。

そこで重要になるのが、少数スタッフの雇用、あるいは継続的に組める外部スタッフやパートナーとの体制づくりです。事務・経理を担う人、広報や編集を担う人、現場進行やコーディネートを担う人、記録やアーカイブを担う人がいるだけで、作家本人が担うべき仕事の質は大きく変わります。

さらに近年は、単に「作家を支えるスタッフ」という関係だけでなく、美術家・ヴィジュアルメーカーと、企画者・コーディネーターが、ほとんどユニットのように実践を組み立てている例にも注目したいところです。ナデガタインスタントパーティー(Nadegata Instant Party)は、その分かりやすい例です。美術家の中﨑透、山城大督、アートマネージャーの野田智子の3名で構成されるアーティストコレクティヴで、2006年から地域コミュニティにコミットする実践を続けています。ここでは企画、調整、対外コミュニケーションといった機能が、作品の外側の補助業務ではなく、作品を成立させる構成要素になっています。

このような形は、建築分野でいえば、小さな設計事務所において、設計そのものと、対外調整、予算管理、プロジェクト運営が不可分になっている状態に近いともいえます。美術分野でも、プロジェクト型実践が増えるほど、作家単独で完結するモデルだけではなく、少人数のチームや、異なる専門性を持つパートナーとの継続的協働が、活動の持続可能性を支える基盤になっていくでしょう。

少人数のチーム編成は、単なる補助ではありません。作家活動の周辺にある専門性を、受託可能な仕事のかたちへと変えていく起点になりえます。

10 おわりに——続けられること自体を、キャリアの成果として考える

ヴィジュアルアーティストのキャリアは、見えやすい成功モデルだけでは測れません。とくに非営利・公的活動マーケットでは、作品販売の派手さよりも、継続して呼ばれること、関係が積み上がること、実践の文脈が深まることのほうが、長い目で見れば重要です。

そのためには、オリジナリティと芸術的卓越性を磨くことと同時に、自分の活動を継続可能にする設計が必要です。正しいコネクションを作り、条件を整え、小さくてもチームを持ち、受託業務を拡張し、核となる表現活動を支える。

建築家との比較から見えてくるのは、公共性のある創造的専門職は、作品や成果物だけでなく、それを成立させる体制や報酬の設計まで含めて考えなければ持続しない、ということです。美術分野でも、契約の適正化にとどまらず、質を支える報酬や体制の議論を深めていく必要があります。

非営利・公的活動マーケットでのキャリア形成は、理想を守るために現実を学ぶ営みです。活動を長く続けることは、表現の純度を下げることではなく、その質を守るための条件を整えることでもあります。いま必要なのは、その条件を個人の根性論ではなく、仕事の設計として考えることなのだと思います。


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