公募要項・応募規約を「言葉」から見直すために
- Arts&Considerations Tomoki Sakuta

- 4月24日
- 読了時間: 39分
更新日:10 時間前
東海・北陸ブロック障害者芸術文化活動広域支援センター 第1回 権利保護ミニ講座レポー

1章―「わかる規約」と「運用できる規約」のあいだで
1-1 東海・北陸ブロックで始まった「ミニ講座」のねらい
年度初めの平日の午後にもかかわらず、Zoomの画面には思った以上にたくさんの顔が並びました。東海・北陸ブロック障害者芸術文化活動広域支援センターが企画した「権利に関するミニ講座」の第1回で、テーマは「公募要項・応募規約の基本」です。
これまでセンターでは、月1回、個別相談のかたちで権利に関する相談を受けてきましたが、相談の内容が知的財産権に限らず、さまざまな権利や支援の現場の悩みに広がってきたことが背景にあります。「これはうちだけの悩みではなさそうだ」「他のセンターや施設でも同じ壁にぶつかっているのではないか」。こうした実感から、今年度は個別相談だけでなく、共通のテーマを取り上げて知見を共有する研修会のシリーズにしてみようという話になりました。
第1回の題材として「応募要項・応募規約」を取り上げたのは、単に書類作成のテクニックを学ぶためではありません。むしろ、障害のある人の表現の場をつくるときに、主催者と応募者のあいだでどんな約束が交わされているのか、その約束の言葉が権利擁護や参加のしやすさにどう影響しているのかを、改めて言葉にして確認することが狙いでした。
1-2 相談対応から「共有の知恵」をつくる場へ
これまで私は、東海・北陸ブロックの権利保護アドバイザーとして、4年間にわたってさまざまな相談を受けてきました。著作権や契約の話だけでなく、表現内容へのクレーム対応、個人情報の扱い、障害のある作家への合理的配慮、支援者の負担と責任の線引きなど、相談のテーマは年々多様になっています。
その中に、公募事業にまつわる相談が少なくありません。例えば「応募要項には展示のことしか書いていないのに、後からSNSでの二次利用がどんどん広がっていって不安になった」という作家側の声があります。逆に主催者側からは、「展示の安全面を心配して制限をかけたいが、『危険な作品は不可』とだけ書くとどこまでを断ってよいのか自分たちも判断できず、説明も難しい」という悩みが寄せられます。
こうした相談は、個別に対応して終わらせてしまうと、その都度の工夫で止まってしまいます。そこで今年度は、相談の中で浮かび上がってきた共通の論点をテーマごとに拾い上げ、ミニ講座というかたちで共有し、各センターや施設の現場に持ち帰ってもらえる「共通言語」と「チェックポイント」にしていくことを目指すことにしました。
1-3 公募要項・応募規約を見直すことがなぜ「権利擁護」になるか
この研修のテーマを「公募要項・応募規約の基本」と聞くと、どうしても「事務的な話」「法務の話」という印象を持たれがちです。しかし、公募要項・応募規約は、応募者と主催者のあいだで「何をどのように約束するか」を示す入口であり、実は権利擁護の入り口でもあります。
障害者による文化芸術活動の推進に関する法律は、障害者による文化芸術活動の推進を目的に掲げていますし、基本計画では、作品発表の機会の確保だけでなく、作品や活動の記録・保存・活用と、その際に本人の意向を尊重することが重視されています。ところが現場の公募要項を見てみると、「応募作品および関連資料は主催者が自由に使用できるものとします」「公序良俗に反する作品は主催者の判断で除外します」といった包括的な文言が、説明なしに置かれているケースが少なくありません。
本人や支援者の側から見ると、自分が何に同意して応募しているのかが分かりにくい状態は、それ自体が直ちに違法だとはいえないとしても、権利擁護の観点からは大きなリスクになります。一方で、主催者の側から見ると「トラブルが怖いから、とりあえず広く権利をもらっておきたい」「公序良俗と書いておけば危ない作品を断れるだろう」というリスク回避の発想が強く働きがちで、その結果、「応募者にとってわかる規約」よりも「主催者にとって安心な規約」が優先されてしまうことがあります。
今回の研修では、この両方の視点を踏まえたうえで、「応募者にとって『わかる規約』と主催者にとって『運用できる規約』をどう両立させるか」というゴールを共有しました。その出発点になるのが、応募要項・応募規約をA〜Eの「5つの箱」で見直していく視点です。
2章:チェックリストで整理する「5つの箱」
2-1 応募要項・応募規約は「どんな約束」なのか
研修の冒頭で私は、応募要項・応募規約を「応募者と主催者のあいだで、どんな約束を交わすかを書いたもの」として捉え直すところから話を始めました。
契約書という言葉を使うと、「法務の専門家が作る難しい文書」というイメージが強くなりますが、公募の現場でまず必要なのは、応募を検討している人が「ここに作品や情報を出したら、自分に何が起きるのか」を見通せることです。
応募要項や規約の中には、法律上の義務や責任に直結する条項もありますが、それと同じくらい大事なのが「運営の実態」との整合性です。要項には理想が書いてあるのに、現場の運営ではそのとおりにできていない場合、応募者から見た信頼は失われてしまいます。その意味では、公募要項・応募規約は「権利」と「運営」の両方をつなぐ約束事であり、書き方を見直すことは、主催者の側の自分たちの事業の棚卸しにもなります。
今回の研修では、その棚卸しをしやすくするために、公募要項・応募規約で押さえたい情報を「5つの箱」に分けて整理するチェックリストを用意しました。
A 基本情報
B 権利・著作権
C 個人情報
D 展示・広報・撮影
E ステージ特有項目
という5つの箱です。
2-2 A:基本情報―目的・対象・流れをどこまで書くか
最初の箱である「A 基本情報」には、募集の目的、対象、条件、全体の流れといった、公募の骨格に関わる情報が入ります。ここが曖昧なままだと、どれだけ立派な権利条項を書いても、応募者は「自分が応募してよいのか」「この公募は何のための場なのか」が見えません。
例えば、「障害のある人の作品を広く募集します」とだけ書かれているとき、読んでいる人が想像するイメージは立場によって大きく違ってきます。「地域の障害者施設を中心にした展覧会」を想像する人もいれば、「全国規模のコンペティション」を思い浮かべる人もいますし、「入選するとどこかのギャラリーで個展ができるのかもしれない」と期待する人もいるかもしれません。ところが、主催者の側は「今年も昨年どおり、地域の福祉事業所を中心に、ホールのロビー展示をする」くらいのイメージで運営していることがあります。
こうしたずれを減らすためには、目的や対象をできる範囲で具体的に書くことが重要です。「地域の障害のある人とその周辺の人々が、日々の表現活動を発表し合う場として開催します」「公募の対象は、○○県在住・在勤・在学の障害のある人と、そのグループです」といった書き方にすると、応募者の側は自分との関係を位置づけやすくなります。
また、応募から展示・ステージ当日、作品の返却や記録の公開に至るまでの大まかな流れも、図や箇条書きで示しておくと、支援者が本人と一緒にスケジュールを組み立てやすくなります。「書き始める前に、自分たちの事業を説明するときに必ず口頭で話している内容は何か」「そのうち、要項に書き込めていないものは何か」を洗い出すことが、Aの箱を整理する第一歩になります。
2-3 B:権利・著作権―包括的な利用許諾から「目的」「範囲」「期間」へ
次の箱である「B 権利・著作権」は、多くの現場で悩みが集中するところです。主催者の立場からすると、「広報や報告書、次年度のチラシに使うかもしれない」「SNSやウェブサイトでも使えるようにしておきたい」「あとで権利関係で揉めたくない」といった思いが強く働きます。
その結果、公募要項には「応募作品および関連資料の一切の権利は主催者に帰属します」「主催者は応募作品をあらゆる媒体で自由に利用できるものとします」といった、非常に広い文言が並びがちです。一見すると主催者にとって安心な書き方ですが、応募する側からすると「自分の作品がどこまで、どんなふうに使われるのか」「将来、自分で使いたいときに支障が出ないのか」といった不安につながります。
研修では、この問題を「説明責任と信頼形成」というキーワードで捉え直しました。要項に書かれた利用許諾は、応募者から見て「何に同意しているのか」が具体的にイメージできる必要があり、同時に主催者側も「私たちはこの目的のために、こういう範囲で作品を使わせてください」と説明できる状態であることが、信頼を育てます。
そこで提案したのが、権利条項を書くときに、少なくとも「目的」「範囲」「期間」「関係主体」を意識して書き分けることです。例えば、「主催者は、本事業の選考結果の発表および展覧会の紹介・記録・報告のために、応募作品の画像や作者名・プロフィールを、図録・報告書・ウェブサイト・SNS等に無償で掲載することができます」といった書き方にすると、応募者や支援者は、どこまでの利用が予定されているのかを見通しやすくなります。
2-4 C:個人情報―「書かない自由」と「使い方を知らせる義務」
三つめの箱「C 個人情報」では、名前や住所、連絡先だけでなく、障害に関する情報、顔写真、年齢など、応募の際に集めているあらゆる情報の扱い方を点検します。障害者芸術の公募では、申込書に「障害区分」や「支援の必要な内容」などの欄が設けられていることが多く、これらは一般的な個人情報保護の観点からも、より慎重な扱いが求められます。
研修で取り上げた事例では、申込書に障害区分を記入する欄があるものの、「施設職員が本人の同意をしっかり確認しないまま書いてしまうのではないか」「そもそも主催者側のどんな必要性のために取っている情報なのかが、要項からは伝わりにくい」といった問題意識が共有されていました。そこで、「障害があることを書きたい人が、自分の言葉で一言コメント欄に書けるようにする」「本人や支援者が、プロフィールとして一緒に展示されることを前提に情報を出せるようにする」といった案が検討されています。
個人情報については、「何を必須とし、何を任意にするのか」「任意の場合、そのことが応募者にきちんと伝わっているか」という点が重要です。特に年齢や障害の種別など、書かなくても事務処理上困らない情報については、「本当に必要か」「書かない自由を明示できているか」を一度立ち止まって考える必要があります。
同時に、集めた個人情報をどう使うのかを要項に明示することも欠かせません。「応募に関する連絡や、本事業の運営に必要な範囲に限って利用します」「本人の同意なく、他の目的に利用したり第三者に提供したりしません」といった一文があるかないかだけでも、応募者や支援者の安心感は大きく変わります。
2-5 D:展示・広報・撮影―観覧者の撮影やSNS時代のルールをどう書くか
四つめの箱「D 展示・広報・撮影」は、近年の公募で特に重要度が増している部分です。展示会場での写真撮影、SNSでの発信、記録映像の公開など、作品が「その場」にとどまらず、オンラインを含めて広がっていくことが当たり前になったからです。研修で共有された事例では、「会場に展示した作品について、観覧者の撮影を認める」という趣旨の一文が盛り込まれていました。これは、観覧者が作品を撮影してSNSに投稿することがすでに前提となっている現状を踏まえ、「撮影は原則可」「ただし、こうした場合には配慮が必要」ということを明文化したものです。
一方で、要項の中では「ソーシャルメディアへの投稿によって生じた損害について、主催者は責任を負いません」といった書き方も見られました。ここで注意したいのは、「誰の行為に関する責任について述べているのか」という主語が曖昧になると、主催者自身が行う広報や投稿にも責任を負わないかのように読めてしまうことです。観覧者の撮影・投稿を想定しているのであれば、「観覧者がSNS等に投稿したことに伴って生じたトラブル」など、対象を限定して書く必要があります。
2-6 E:ステージ特有の項目―録音録画・実演家の権利・安全配慮
最後の箱「E ステージ特有項目」は、ステージ発表や実演を伴う公募に特有の論点を扱います。美術部門と共通する部分も多いのですが、録音・録画や配信、実演家としての権利、会場の安全配慮など、ステージならではの視点が必要になります。
研修で共有されたステージ部門の要項には、「パフォーマンスのイメージがつきにくい場合には、事前に動画データの提出をお願いする場合がある」という一文がありました。これは、公序良俗や観客への安全配慮の観点から、主催者が事前に内容を確認し、必要に応じて演出の工夫や注意喚起を一緒に考えるための「相談の窓口」として機能しています。ここに含まれた重要な意味については後ほど解説していきます。
ステージ公募では、出演者の声や演奏、身体表現を録音・録画し、後からアーカイブや配信で公開するケースも増えています。この場合、著作権だけでなく、実演家としての権利も関わってくるため、「どの範囲まで録音録画を行うのか」「どの媒体で、どれぐらいの期間公開するのか」「出演者が後から公開停止を求めることはできるのか」といった点を、少なくとも要項か別紙の同意書で明らかにしておくことが望ましいです。
2-7 美術部門とステージ部門を「分けて書く」ことの意味
ここまで見てきたように、美術部門とステージ部門では、共通して押さえるべき情報もあれば、相当に性質の違う情報もあります。にもかかわらず、現場の要項では、一つの要項の中にすべてを詰め込んでしまっている例が少なくありません。
研修では、「共通の情報」と「部門別の情報」を分けて書くことを強くお勧めしました。具体的には、募集の目的や応募資格、全体のスケジュールなどは共通のページにまとめ、その上で「美術部門の応募要項」「ステージ部門の応募要項」といったかたちで、それぞれに必要な情報を別建てで示す方法です。
2-8 実例から見えた「書いてあるから伝わること」「書いていないと伝わらないこと」
研修で取り上げた実例には、「書いてあるからこそ応募者に伝わること」と、「書いていないために主催者側の意図が伝わっていないこと」が同時に含まれていました。例えば、新潟県の美術部門では、作品の搬入・搬出の方法や、展示方法に関する希望の出し方が、かなり具体的に書かれていました。「作品の配置に具体的な希望がある場合は、レイアウト図を添付してください。ただし、ご希望に沿えない場合もあります」といった書き方によって、「本人の展示へのこだわりを尊重しつつ、運営上の制約も率直に伝える」姿勢が表れています。
一方で、「運営上支障があると実行委員会が判断したものは、出品をお断りする場合があります」といった文言は、何をもって「支障」と見るのかが読み手には分かりづらく、抽象的な安全弁として働いてしまう危うさを含んでいます。こうして見ていくと、5つの箱はそれぞれ独立しているようでいて、実際には強くつながっています。中でも、応募者と主催者の認識のずれが最も表れやすいのが、作品画像やプロフィールをどこまで、何のために使うのかという「権利・著作権」の部分です。次の章では、この点に絞って、包括的な利用許諾から「説明責任と信頼形成」へ視点を移していきます。
3章:包括的な利用許諾から「説明責任と信頼形成」へ
3-1 「応募作品および関連資料は主催者が自由に使用できる」って本当に大丈夫か
障害者芸術の公募要項をいくつか見比べていくと、「応募作品および関連資料は主催者が自由に使用できるものとします」というような一文に出会うことがあります。あるいは、「応募作品の一切の著作権その他の知的財産権は主催者に帰属します」といった書き方も珍しくありません。
主催者の立場からすると、「広報や報告書、次年度のチラシに使うかもしれない」「SNSやウェブサイトでも自由に使えるようにしておきたい」「あとで権利関係で揉めたくない」といった思いが、こうした包括的な条文につながっているのだと思います。しかし、著作権法の基本に立ち返ると、こうした「一切の権利を主催者に帰属させる」条項には、少なくとも二つの問題があります。
第一に、著作権は譲渡可能な財産権部分と著作者人格権によって構成されていますが、著作権の財産権部分は譲渡や利用許諾の対象になりうるものの、著作者人格権は別に保護されるため、「一切の権利」を包括的に主催者へ移すかのような表現は誤解を招きやすいのです。第二に、応募者の側から見ると、「自由に使用できる」「あらゆる媒体で利用できる」という書き方のもとでは、将来どこまで自分の作品が使われるのかを具体的にイメージすることが困難です。
3-2 目的を先に書く書き方―「本事業の紹介・記録・報告のために」
そこで研修では、権利条項の書き方を、「目的を先に書く」方向に切り替えてみませんか、という提案をしました。つまり、まず「何のために作品や情報を使わせてください」と主催者の側が明らかにし、その目的の範囲内で利用を許諾してもらう形にする、という発想です。
例えば、「主催者は、本事業の選考結果の発表および展覧会の紹介・記録・報告のために、応募作品の画像ならびに作者名・ペンネーム・プロフィール等を、図録・報告書・ウェブサイト・SNS等に無償で掲載・使用することができます」といった書き方です。ここでは、「本事業の選考結果の発表」「展覧会・ステージの紹介・記録・報告」という目的を先に書き、その目的を達成するために、どの範囲の情報を、どの媒体で使うかを示しています。こうすることで、「作品を使うのはあくまで今回の事業の紹介や記録の範囲内なのだな」というイメージを、応募者や支援者が持ちやすくなります。
3-3 媒体名を全部書かなくても「範囲」を伝える工夫
実務に携わっている方からは、「使う可能性のある媒体を全部列挙するのは現実的ではない」「今は想定していない媒体が、数年後に出てくるかもしれない」という声もあります。そのため、媒体名を列挙するときには、「例えば」「等」といった言葉を使いながら、「媒体の範囲」をイメージしやすく示す工夫が有効です。「図録・報告書・ウェブサイト・SNS等」と書いておけば、「印刷物とオンラインの広報・記録が対象なのだな」という大枠は伝わります。
もし、将来的に別の事業や場面で作品を使わせてほしい可能性がある場合には、「本事業とは別の企画で作品の利用を希望する場合には、改めてご本人または権利者の同意をいただきます」といった一文を添えておく方法もあります。こうした書き方は、主催者にとっても「新しい企画を思いついたときに、応募者とあらためて相談する」という運営上の手順を明確にしてくれます。
3-4 期間・地域・二次利用―どこまでを要項に書き、どこからを相談で補うか
権利条項を整理するときに、目的や媒体に加えて重要になるのが、「期間」と「地域」、そして「二次利用」の扱いです。著作権法第51条以下は保護期間を定めていますが、公募要項でそこまでの長期間の利用を包括的に許諾してもらう必要があるかどうかは、事業の性質によって大きく異なります。
例えば、「展覧会期間中およびその前後の広報・記録のために利用する」という範囲で足りる場合もあれば、「事業の記録として、主催者のウェブサイトで一定期間アーカイブとして残しておきたい」というニーズもあるでしょう。この場合、「本展覧会の広報・記録のために、会期中および会期終了後○年間、主催者のウェブサイトやSNS等に掲載することがあります」といった形で、期間の目安を示しておくと、応募者は「いつまでも削除されないのか」「将来、消してほしいと言えるのか」といった不安を整理しやすくなります。
3-5 「できるだけ包括的に」から「必要な範囲に絞る」へ舵を切る理由
ここまで見てきたような書き方は、従来の「できるだけ包括的に権利を押さえておきたい」という発想からすると、やや控えめに見えるかもしれません。しかし、障害者による文化芸術活動の推進に関する法律や、その基本計画が掲げる「本人の意向の尊重」や「権利擁護」の理念に照らすと、「必要な範囲に絞って、何に同意してもらうのかを伝える」方向に舵を切ることには、大きな意義があります。
権利条項において「一切の権利」「自由に使用できる」といった包括的な文言が問題になるのは、応募者が何に同意しているのか見えにくくなるからです。
実は、同じ構造の問題は「公序良俗」という言葉にもあります。何を問題にし、どこまでを排除しうるのかが曖昧なままでは、応募者にとっても主催者にとっても、運用の基準が見えません。次の章では、その「公序良俗条項」とどう付き合うかを考えます。
4章:「公序良俗条項」とどう付き合うか
4-1 なぜ多くの要項に「公序良俗に反する作品は除外できる」が書かれてきたのか
公募要項を見ていると、高い確率で出てくる一文があります。「公序良俗に反する作品は、主催者の判断により選考対象から除外します」「公序良俗に反すると認められる作品の展示・上演はお断りします」といった条項です。
主催者の立場から見ると、この条文は「万が一、問題のある作品が出てきたときの保険」として書かれてきました。例えば、極端な暴力表現や性表現が含まれる作品、特定の個人や集団を侮辱するような作品が出てきたときに、「事前にお断りすると書いてあるから、ここを根拠に断ることができる」という安心感があるからです。
ところが実際には、「どこまでが公序良俗に反するのか」という線引きは極めて曖昧です。障害者芸術の現場では、身体や性、社会規範との緊張を含んだ表現が、その人にとっての大事なテーマになっていることも多く、「公序良俗」というひと言でそうした表現が排除されるかもしれない、という不安を抱かせる結果にもなりかねません。この条文は、主催者にとっての「安全弁」であると同時に、応募者にとっての「見えないハードル」にもなっているのです。
4-2 「宮本から君へ」事件が問いかけたもの
「公序良俗」という言葉の危うさを、国レベルで改めて照らし出したのが、映画「宮本から君へ」をめぐる助成金不交付事件でした。この事件では、独立行政法人日本芸術文化振興会が、映画「宮本から君へ」に対する助成金の交付決定をいったんしていたにもかかわらず、出演者であるミュージシャン、ピエール瀧氏が麻薬取締法違反で逮捕されたことを理由に、助成金の交付を取り消しました。
最高裁判所は令和5年11月17日の判決で、この取り消しは違法であると判断しました。判決は、行政が表現内容に基づいて助成金の交付を取り消すことが許されるのは、単に「不祥事があったから」ではなく、表現行為と何らかの公益との関係に、具体的な危険が認められる場合に限られる、という枠組みを示しました。
4-3 最高裁が示した基準―「重要な公益+具体的な危険」とは何か
ここでいう「公益」とは、例えば未成年への重大な悪影響や、暴力・差別を直接的に煽動するような場合など、社会全体として守るべき重要な利益を指します。重要なポイントは二つあります。一つ目は、守ろうとしている公益が「重要なもの」であること、二つ目は、その公益に対して「具体的な危険」があることです。単に「世間のイメージが悪くなるかもしれない」といった漠然とした懸念レベルでは足りません。
4-4 芸文振・文化庁のガイドライン改正と交付要綱の書き換え
「宮本から君へ」事件を受けて、芸文振や文化庁の助成制度では、公序良俗に関する条文やガイドラインが見直されました。芸文振は、宮本から君への助成取り消しとほぼ同時に、公募要領を修正し「公益の観点から不適当と認められる場合には助成金を取り消せる」といった包括的な条文を置いていましたが、最高裁判決後は、どのような場合に取消しが許されるかについて、「重要な公益」と「具体的な危険」に配慮した書きぶりにあらためています。このように文化行政の現場は、「公序良俗」という一言に頼るのではなく、具体的に何を問題としているのかを説明していく方向に舵を切り始めています。
4-5 公募要項に「公序良俗」とだけ書くと何が起こるか
要項の一角に小さく「公序良俗に反する作品は主催者の判断で除外します」とだけ書かれている場合、応募者は何を想像するでしょうか。ある人は、「あまりにも過激な暴力表現や性表現のことだろう」と受け止めます。別の人は、「自分の生きづらさや苦しさを素直に描いた作品も、公序良俗に反すると言われてしまうのではないか」と不安になります。主催者の側に悪意がなくても、「公序良俗」という一言は、こうした不安や萎縮を呼び起こしやすい言葉です。
4-6 障害者芸術の現場でこの基準をどう読み替えるか
では、障害者芸術文化活動の公募要項で「公序良俗条項」をどう位置づければよいのでしょうか。ここで鍵になるのが、「誰の何を守るための条項なのか」を具体的に言語化することです。
例えば、差別的表現やヘイトスピーチについて考えてみます。特定の民族や国籍、障害、性的指向、ジェンダーなどの属性を持つ人々を、蔑んだり、排除したり、危害を加えることを煽る表現は、他者の人権を直接的に侵害する危険を伴います。このような表現を、そのまま公募展やステージの場に載せることには、参加者や観客の安全を守る観点から大きな問題があります。
一方で、障害のある人自身が、自分が受けてきた差別や偏見を、怒りや苦しみを込めて描くこともあります。その表現が、第三者を攻撃するものなのか、それとも自分が受けてきた暴力や抑圧を可視化しようとするものなのかによって、意味は大きく変わります。前者と後者を、単に「不快な表現だから」「批判が出そうだから」という理由で一括りにして排除してしまうと、障害者の表現の場から重要なテーマがそぎ落とされてしまう危険があります。
4-7 事前相談・協議のプロセスを組み込む書き方
もう一つ、研修で重要だと感じたのが、「条文で一刀両断にする」のではなく、「事前相談や協議のプロセスを要項に組み込む」という考え方です。新潟県のステージ部門の要項にあった、「パフォーマンスのイメージがつきにくい場合には、事前に動画データの提出をお願いする場合があります」という一文は、その好例でした。
この文言は、単に主催者が「危なそうなものを事前にチェックする」ためだけではなく、「センシティブな内容を含む表現について、事前に一緒に考える場を持ちたい」というメッセージでもあります。「公序良俗」という抽象的な安全弁に頼るだけでは、表現の自由と安全のバランスは取りきれません。何を守りたいのかを具体化し、必要な場合には相談や協議のプロセスを組み込むことが重要です。この考え方は、近年急速に広がっている「AI禁止条項」を考えるときにも、そのまま当てはまります。
4-8 不採択や上演見送りの判断に、どう説明責任を組み込むか
具体的な作品やパフォーマンスに向き合ったときに、「今回の公募の枠組みでは受け止めきれない」と判断せざるを得ない場合があります。そのときに、「公序良俗に反するから」「運営上支障があるから」とだけ伝えてしまうと、応募者には何も伝わりません。「今回の公募ではこういう理由でお受けできなかった」という大枠の方針だけでも共有しておくと、「何となく危ないからダメなのだろう」という不信感を和らげる効果があります。
次の章では、「AIだから禁止」と書く前に、そもそも何を問題にしたいのかを整理していきます。
5章:「AI禁止条項」の前に立ち止まる
5-1 最近増えている「AI作品お断り」の背景
ここ数年、芸術系の公募要項を見ていると、「生成AIを用いて制作された作品の応募は不可」「AI作品は審査対象外」といった文言が目立つようになりました。障害者芸術の公募でも、同じような条項をそのまま取り入れるかどうか悩んでいる、という相談が複数寄せられています。
背景にあるのは、大きく三つの不安です。一つは「盗作や既存作品のトレースが紛れ込むのではないか」という著作権上の不安、二つ目は「大量にAIで作った作品が押し寄せて、選考が成り立たなくなるのではないか」という実務上の不安、三つ目は「人間が時間をかけて作った作品と、AIが作った作品を同じ土俵で評価してよいのか」という公平性の不安です。
5-2 文化庁「AIと著作権」の整理(1)AIの自律生成部分と人間の創作的関与
文化庁は「AIと著作権に関する考え方について」の中で、生成AIと著作権の関係を整理しています。一つめのポイントは、「AIが自律的に生成した部分には、原則として著作権は発生しない」という考え方です。著作権法上の「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」とされていますが、ここでいう「創作」は人間の精神的な活動によるものを前提としています。そのため、AIが自律的に出力したものについては、著作権法上の著作物とは認められない、という整理になります。
二つめのポイントは、「人間が創作的に関与した部分には著作権が発生しうる」という点です。例えば、プロンプトを工夫し、複数の出力を比較しながら構図や色彩、画面構成などについて具体的な判断を重ねるような場合、その人間の創作的な関与が結果として現れた画像の表現に反映されているのであれば、その部分には著作物性が認められる可能性があります。
5-3 文化庁「AIと著作権」の整理(2)学習データと出力の問題
生成AIをめぐる議論でよく取り上げられるのが、「学習データの問題」です。多くの生成AIは、インターネット上などに存在する膨大な画像や文章を学習してモデルを作っていますが、その過程で著作権のある作品が無断で利用されているのではないか、という懸念があります。特に日本では機械学習目的の、著作物の享受を目的としない利用については幅広く合法とされており、個別の創作者による拒否表示の法的有効性も不明であるため、一種の不信感が根強くあります。
ただ、公募側が直接問題にすべきなのはむしろ「学習データそのもの」よりも、「出力された結果が既存作品と似すぎていないか」「他人の著作権を侵害していないか」という点です。この点は、実はAIに限った問題ではありません。手描きであっても、特定のアニメキャラクターやゲームキャラクターをほぼそのまま写したような作品を、作者の「オリジナル作品」として公募に出すことは、同じように著作権侵害のリスクを伴います。
5-4 著作権だけを理由に「AIだから全部ダメ」は言いにくい
以上のような文化庁の整理を踏まえると、著作権だけを理由に「AIを使っている作品はすべて不可」とすることには、いくつかの難しさが見えてきます。第一に、AIを使った作品の中でも、人間の創作的関与が明確に認められるものは、著作物として保護される可能性があるため、「著作物ではないからダメ」という理由付けは成り立ちません。第二に、既存作品との類似性やトレースの問題は、AIに限らず、手描きや手打ちの作品にも共通する問題なので、「AIだから危ない」という説明だけでは、線引きの根拠として弱いのです。
5-5 実務で取り得る選択肢1:完全禁止ではなく「人間の創作的関与」を要件にする
一つ目の選択肢は、「AIによる生成物だから全面的に禁止する」のではなく、「人間の創作的関与があることを応募の要件とする」という考え方です。例えば、要項に「生成AIを含む各種デジタルツールを使用した作品も応募できますが、最終的な構図・配色・配置などの創作的な判断に、本人の関与があることを条件とします」といった文言を置く方法が考えられます。こうすることで、「AIを使ってはいけない」のではなく、「AIを含むツールをどう使って、自分なりの表現にしているか」が問われているのだというメッセージになります。
5-6 実務で取り得る選択肢2:AI使用の有無・範囲を開示してもらう
二つ目の選択肢は、「AIを使っているかどうか」「どの部分にどの程度使っているか」を開示してもらう方法です。応募要項には、例えば「生成AIやその他のAIツールを使用した場合は、その旨と、使用した箇所・役割を申込書に記載してください」といった一文を置きます。これにより、審査側は「AIの助けを借りた部分」と「本人の創作的な判断が強く表れている部分」を区別しながら作品を見ることができます。ちなみに美術大学等のアカデミックな創作教育の現場でも、同様の明示ルールを課したうえでAIの利用を認めるケースも出てきています(個別の授業課題等で別の制限が課されている場合を除く)。
5-7 実務で取り得る選択肢3:生成AIを「制作補助ツール」「合理的配慮」と位置付ける
三つ目の選択肢として、障害のある作家の状況を踏まえ、生成AIやデジタルツールを「制作補助ツール」「合理的配慮」として位置づける考え方があります。例えば、運動機能の障害があり、画材や入力手段の選択に制約がある人が、音声入力でプロンプトを作成し、AIにラフな画像を生成させ、それをもとに支援者と一緒に作品を仕上げていくケースを想像してみてください。このとき、AIは単に「手先を補うための道具」として機能しているのではなく、本人の意図や選択を形にしていくための補助になっていると見ることができます。
また、文章を書くことに強い負担がある人が、AIを使って文章のたたき台を生成させ、それを自分の言葉に近づけるように修正していく、という使い方もあり得ます。ここでも、AIは「自分の思いを言葉にする」プロセスを補助する道具として活用されており、その仕上がりには本人の選択と修正が反映されています。
5-8 実務で取り得る選択肢4:AI活用部門・別枠を設けるかどうか
四つ目の選択肢として、「AIの利用を前提とした部門や別枠を設ける」方法もあります。例えば、「手作業中心の作品を対象とする部門」と「デジタル・AIを積極的に活用した作品を対象とする部門」を分けることで、それぞれの部門で評価したいポイントを明確にできます。ただし、部門を分けることには、「AI部門に追いやる」「本流から外す」といった印象を与えてしまうリスクもあるため、それぞれの事業の目的や規模、審査体制を踏まえて慎重に検討する必要があります。
5-9 「AI禁止条項」をめぐるバランス感覚
「AI作品お断り」と一行書くのは簡単ですが、その背後には複雑な論点が絡み合っています。著作権の観点から見れば、「AIだからダメ」という線引きは必ずしも筋が良いとはいえず、むしろ既存作品との類似やトレースの問題を、AIと非AIを問わず共通の基準で整理していく必要があります。一方で、障害のある作家の立場から見れば、生成AIやデジタルツールは、ときに制作のハードルを下げ、表現へのアクセスを広げるための大事な手段になります。そして、その判断を現場で引き受けるのは、支援センターや福祉施設、実行委員会の人たちです。次の章では、そうした現場が引き受けることになる「バランス」そのものに目を向けます。
6章:障害者芸術文化活動の公募で問われる「バランス」
6-1 障害者芸術文化活動推進法と基本計画が求めるもの
障害者による文化芸術活動の推進に関する法律は、第1条で「障害者による文化芸術活動の推進」を目的とし、第2条で、文化芸術活動が障害者の自己実現や社会参加に資することを示しています。さらに、同法に基づく基本計画は、作品発表の機会の確保、支援体制の整備、作品や活動の記録・保存・活用、そして記録や活用にあたって本人の意向を尊重することなどを掲げています。
この枠組みの中で、広域支援センターや各地域の支援センター、福祉施設は、単に公募展やステージ発表を「運営する」だけでなく、障害のある人の表現と参加の機会をひらき、そのプロセスで本人の権利が守られるようにする役割を担っています。公募要項・応募規約は、その役割を具体的にどう果たすかを映し出す鏡です。
6-2 「リスク回避」だけで要項を固めると何が失われるか
現場の相談を聞いていると、「炎上したらどうしよう」「クレームが来たらどうしよう」「事故が起きたらどうしよう」という不安から、要項や規約を「リスクを徹底的に排除するための壁」として厚くしていく動きが見えてきます。一見すると、こうした要項は「安全そう」に見えます。しかし、その結果として失われるものは少なくありません。応募者の側は、「何か少しでも引っかかりそうな表現はやめておこう」と自己検閲を強めざるを得ず、表現の幅が狭くなります。
6-3 応募者からの相談・説明の機会を閉じないために
今回の研修で私が一番強調したかったメッセージは、「応募者からの相談や説明の機会を閉じてしまう対応は、権利擁護の観点からバランスを欠く」ということでした。「危なそうなものはすべて要項の一文を根拠に門前払いする」という運用は、一見すると主催者を守っているようでいて、実は障害のある作家に「あなたの表現はここにはいらない」と伝えてしまうことがあります。AI禁止条項も同様です。「AI作品お断り」とだけ書いてしまうと、「AIを使わないと制作が難しい人は応募しなくてよい」というメッセージとして受け取られるかもしれません。
6-4 支援センター・福祉施設が担う「翻訳」と「伴走」
支援センターや福祉施設の現場で、実はとても重要な役割を果たしているのが、「翻訳」と「伴走」です。「翻訳」とは、公募要項や応募規約の難しい言葉を、障害のある作家やその家族、支援者にとって分かりやすい言葉に言い換えることです。「伴走」とは、応募者が要項を読み解き、自分の意思で応募するプロセスに寄り添うことです。どの部門にエントリーするか、どこまで個人情報を出すか、作品タイトルやプロフィールをどう書くか、AIやデジタルツールを使う場合にどこまで申告するか、といった判断を、支援者と一緒に考えていくことも含まれます。
6-5 相談対応の現場から見える「規約の穴」と「作家の不安」
個別相談の現場では、公募要項や応募規約の「穴」に気づく場面が少なくありません。例えば、ステージ発表で録音や配信を行うにもかかわらず、「録音・録画・配信に関する同意書」が用意されていないケースがあります。この場合、「後から動画がネットに残っていることを知って驚いた」「あのときの演奏は消してほしいが、どこまでお願いできるのか分からない」といった不安につながります。
6-6 公募要項・応募規約を、権利擁護と当事者参加のツールにする視点
ここまで見てきたように、公募要項・応募規約は、単なる「事務書類」でもなければ、「リスク回避のための壁」だけでもありません。書き方を工夫し、相談や説明のプロセスを組み込むことで、権利擁護と当事者参加の両方を支えるツールにしていくことができます。公募要項・応募規約を見直す作業は、一度きりで終わるものではありません。相談を受け、運用を振り返り、言葉を修正し続けること自体が、障害者芸術文化活動における権利擁護と当事者参加の実践になります。社会状況の変化に対応することにもなります。
最後に、その見直しをこれからどう積み重ねていくのかを考えてみたいと思います。
7章:これからの宿題としての「公募要項を言葉から見直す」こと
7-1 「完璧なモデル条文」を探す前に決めたい問い
ここまで、公募要項・応募規約のさまざまな項目を見直す視点を整理してきました。最後に改めて確認しておきたいのは、「どこかに完璧なモデル条文があって、それを持ってきて当てはめれば解決する」という話ではない、ということです。法律や判例、文化庁や芸文振の事例やガイドラインが示してくれるのは、「絶対に踏み外してはいけない線」や、「配慮すべき視点」です。しかし、どこまで権利を許諾してもらうか、公序良俗条項をどのレベルの抽象度で書くか、AIやデジタルツールをどう扱うかといった具体的な線引きは、事業の目的や地域の状況、支援体制によって違います。
7-2 チェックリストを「答え」ではなく「対話のきっかけ」にする
研修で使ったA〜Eの5つの箱のチェックリストは、「応募要項・応募規約に最低限必要な項目」を整理する道具として作りました。しかし、このチェックリストを「これさえ埋めれば完了」というチェックボックスとして使ってしまうと、やはり「安全側の書類づくり」に偏ってしまう危険があります。むしろ、チェックリストは「対話のきっかけ」として活かすことができます。
7-3 地域ごとの文脈を織り込んだ要項づくりのプロセス
同じ法律やガイドラインを前提にしていても、地域ごとに障害者芸術文化活動の歴史や担い手、自治体の方針、利用できる会場や予算の規模は異なります。こうした違いは、本来「要項にどうにじませるか」を考える価値があります。地域の当事者団体や家族会、支援者の声を要項づくりの段階から取り入れることで、「この地域らしい言葉」が要項の中に生まれてきます。
7-4 来年度すぐにできる一歩の例
こうした長期的なビジョンを持ちながらも、「次の年度に向けて、今できる一歩は何か」という視点も大切です。例えば、今年度の要項を5つの箱のチェックリストに照らして、抜けと過剰を点検すること、公序良俗条項の一行を見直し、「何を守りたいのか」を少しだけ具体的に書き足すこと、AI禁止条項を一度立ち止まって検討し直すこと、そして事前相談の窓口を要項のどこかに明示することは、来年度すぐに着手できる一歩です。理念だけで進むものではありません。実際には、募集要項の一文を書き換えるところから変化が始まります。
そこで最後に、参加者が実際に手元の要項を見直すときの手がかりになるよう、よく使われる文言について「そのままでは危うい(一見トラブル抑止力があるようで、必要以上に制限的であったり別のトラブルを招来しかねない)書き方」と「より望ましい書き方」の例をまとめておきます。
付録:要項見直しのための文例メモ
以下の文例は、そのまま使うための正解集ではありません。それぞれの事業の目的、規模、運営体制、地域の文脈に応じて調整するためのたたき台として読んでください。
8-1 権利帰属と利用許諾
作品の権利に関する条項は、応募者にとっても主催者にとっても、最も誤解が生じやすい部分です。「一切の権利を主催者に帰属させる」といった書き方は、法的にも実務的にも、必要以上に広く見えてしまいます。
危うい例「応募作品および関連資料に関する一切の権利は主催者に帰属します。」
この書き方では、著作権の譲渡なのか、利用許諾なのかが分かりません。人格権まで含むかのように読めてしまう点でも、避けたい文言です。
より望ましい例「応募作品の著作権は応募者に帰属します。主催者は、本事業の選考結果の発表、展示・上演の紹介、記録、報告のために、応募作品の画像・映像、作家名、プロフィール等を、図録、報告書、ウェブサイト、SNS等に無償で掲載・使用することができます。」
この書き方なら、権利の帰属を明確にしたうえで、利用目的と利用範囲も具体的に示せます。応募者にとっても「何に同意するのか」が見えやすくなります。また、画像のトリミングやサイズ調整がありうる場合には、翻訳・翻案権(著作権法第27条)、同一性保持権(著作権法第20条)との関係も踏まえた説明が望まれます。
危うい例「主催者は応募作品を自由に編集、改変して使用できるものとします。」
より望ましい例「主催者は、広報や記録に必要な範囲で、応募作品画像のサイズ調整、トリミング、レイアウト調整を行うことがあります。その際、作品の趣旨を著しく損なわないよう配慮します。」
8-2 個人情報とプロフィール公開
個人情報に関する条項では、「何を取るか」だけでなく、「なぜ取るか」「どこまで公開するか」「書かないことを選べるか」が重要です。特に、障害に関する情報や支援の必要性に関する情報は、慎重な取扱いが求められます。
危うい例「氏名、住所、年齢、障害種別、所属先を記入してください。」
この書き方では、どれが必須でどれが任意なのかが分かりません。年齢や障害種別が何のために必要なのかも見えません。
より望ましい例「氏名、連絡先は、応募に関する連絡のためにご記入ください。展示や広報で本名ではなく作家名・ペンネームの表示を希望する場合は、その名称をご記入ください。障害に関する情報やプロフィールの記入は任意です。」
これに加えて、利用目的も明示しておくと安心感が高まります。
危うい例「個人情報は適切に管理します。」
より望ましい例「取得した個人情報は、応募受付、連絡、選考、展示・上演の運営、本事業の記録・広報に必要な範囲で利用します。法令に基づく場合を除き、ご本人の同意なくこれら以外の目的で利用しません。」
8-3 展示・広報・観覧者撮影
展示系の公募では、会場での観覧者撮影やSNS投稿をどう扱うかが、以前よりずっと重要になっています。ここを曖昧にしておくと、作家の意向と会場運営がずれやすくなります。
危うい例「展示作品の撮影は可能です。SNS等で生じたトラブルについて主催者は一切責任を負いません。」
この書き方では、観覧者の投稿のことなのか、主催者自身の発信のことなのかが曖昧です。責任を負わない対象も広すぎます。
より望ましい例「会場内の作品は、主催者が撮影不可の表示を付したものを除き、観覧者による写真撮影を可とします。観覧者が撮影した画像をSNS等に投稿したことにより生じた第三者とのトラブルについて、主催者は責任を負いません。」
作家の意向を反映する余地を残したい場合には、次のような書き方も考えられます。
より望ましい例の追加文「作品ごとに、観覧者による撮影の可否を選択できる場合があります。詳細は申込時にご確認ください。」
8-4 ステージ発表の録音録画・配信
ステージ部門では、録音・録画・配信の扱いを最初から明示しておくことが大切です。ここが曖昧だと、出演者にとって「その場限りの発表」のつもりだったものが、あとからネット上に残り続けることにもなりかねません。様々な著作権法上の問題も生じます。
危うい例「主催者は発表の様子を自由に録音、録画、配信できるものとします。」
自由という言葉だけでは、配信の範囲も期間も見えません。出演者の実演の扱いとしても、説明が不足しています。
より望ましい例「主催者は、本事業の記録、報告、広報のために、発表の様子を録音・録画し、報告書、ウェブサイト、SNS等に掲載することがあります。ライブ配信またはアーカイブ配信を行う場合は、その旨を事前に出演者へお知らせします。」
さらに、第三者の権利に関する確認も必要です。
より望ましい例の追加文「応募者は、使用する楽曲、台本、映像その他の素材について、必要な権利処理を行ったうえで応募してください。」
8-5 公序良俗条項
公募要項で公序良俗という言葉だけを置くと、何を問題にしているのかが広すぎて見えません。また、「宮本から君へ」事件に関する最高裁令和5年11月17日判決は、表現内容を理由とする不利益な扱いについて、「重要な公益」と「具体的な危険」という観点から慎重な判断が必要であることを示しました。
危うい例「公序良俗に反する作品は、主催者の判断で応募をお断りします。」
これでは、差別表現、暴力表現、性表現、単なるクレーム回避が全部同じ箱に入ってしまいます。応募者にとっても、主催者にとっても基準が見えません。
より望ましい例「特定の個人または集団に対する差別、侮辱、暴力の扇動に当たる表現その他、来場者や参加者の安全・権利を著しく害するおそれがあると主催者が判断した場合は、展示・上演をお断りすることがあります。」
この書き方でも一定の幅は残りますが、「何を守りたいのか」はかなり見えやすくなります。
より望ましい例の追加文「内容に関して確認が必要な場合には、主催者から応募者に連絡し、事情の確認や実施方法の相談を行うことがあります。」
8-6 事前相談・協議の入口
実務上とても効くのが、「相談してよい」というメッセージを明示しておくことです。相談窓口があるだけで、応募者や支援者の動き方が変わります。
危うい例「必要に応じて事前相談を行うことがあります。」
誰が必要と判断するのかが分かりません。応募者からは動きにくい文言です。
より望ましい例「演出内容、安全面、権利処理、使用素材、表現内容に関して不安や確認事項がある場合は、応募締切の1週間前までを目安に事務局へご相談ください。主催者が必要と判断した場合にも、追加資料の提出や事前協議をお願いすることがあります。」
8-7 AI利用の扱い
文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」は、AIが自律的に生成した部分については原則として著作物性が認められず、人間が創作的に関与した部分には著作物性が認められうるという整理を示しています。そのため、公募要項でも「AIだから全部不可」という単純な線引きより、「本人の創作的関与」や「既存作品への依拠の程度」を基準に考える方が、説明として筋が通りやすい場面があります。
危うい例「AIを使用した作品は応募できません。」
この書き方では、どこまでをAI使用というのかが分かりません。文章補助や構図のラフ生成も含まれるのか、応募者には判断しにくい文言です。
より望ましい例「生成AIその他のデジタルツールを使用した作品も応募できます。ただし、作品全体に応募者本人の創作的な意図、選択、構成、編集等の関与があることを条件とします。」
また、開示条項を組み合わせると、運用しやすくなります。
より望ましい例の追加文「生成AIを使用した場合は、使用したツール名、使用した箇所、応募者本人が行った主な創作的判断や編集内容を申込書に記載してください。」
8-8 合理的配慮とデジタルツール利用
障害のある作家にとって、生成AIや音声入力、画像生成ツールが、制作補助や合理的配慮として機能する場合があります。その可能性を最初から閉ざしてしまうと、参加の機会そのものを狭めかねません。
危うい例「ただし、障害がある場合はAIの使用を認めることがあります。」
この書き方だと、例外扱いの印象が強く、基準も不明確です。本人の主体性よりも、主催者の恩恵的な裁量が前面に出てしまいます。
より望ましい例「応募者が、自身にとって使いやすい方法や道具として、生成AIを含むデジタルツールを制作補助に用いることは妨げません。その場合も、作品に応募者本人の意図や選択が反映されていることを重視します。」
最後に、要項全体に共通する相談の入口を置いておくと、こうした条項が生きてきます。
より望ましい例の追加文「応募方法、作品の取扱い、権利処理、展示方法、発表内容、安全面、合理的配慮、AIツールの使用などについて不安がある場合は、応募前に事務局へご相談ください。」

