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フェアカルチャーと著作権制度──アメリカ、欧州、日本の視点から考える

  • 執筆者の写真: Arts&Considerations
    Arts&Considerations
  • 2月13日
  • 読了時間: 10分

更新日:2 時間前


 
 

文化芸術の創造と流通の現場では、「創作者が作品の成果に対する公正な報酬を受ける仕組み」が重要なテーマになっています。特に、創作者が作品を他人の手に委ねた場合で、後に大きな価値を生んだ場合に、当初の契約条件のままでよいのか? という「著作権契約法」の問題は、アメリカやヨーロッパで長く議論されてきました。

この記事では、アメリカの「返還権」、フランスの伝統的な取り組み、EUの「再交渉権」を概観し、日本でそれに近い考え方を実装する可能性を検討します。


1. アメリカの「返還権」──時間を経て権利を取り戻す制度

アメリカ著作権法には、契約で著作権を譲渡あるいは独占利用許諾した後でも、一定期間が経過した段階で著作者が権利を取り戻す「返還権」(Termination of Transfer)という制度があります。

この制度は、20世紀前半のエンターテイメント産業の成長期に、若く無名の創作者が作品の将来価値が不明な段階で出版社・映画会社・レコード会社に買い切り同然で権利を譲渡不利な契約を締結した後に、その不利益が固定化してしまう(契約は固定・再交渉不可・著作者側に是正手段なし)という構造が常態化していたことへの反省から導入されました。実は1790年に初めて連邦著作権法ができたころから、著作権契約には創作者保護のための契約期間制限(14年+更新14年)があり、1909年のアメリカ著作権法で期間は伸びました(当初28年+更新28年)が、いずれにしても更新の際には著作者が権利を取り戻せる建付けにはなっていたのです。が、実務では、最初の譲渡の際の契約で出版社・スタジオ側が創作者に「更新権の事前合意」をさせる形で、全くそのような著作者保護が機能しませんでした。この反省を踏まえて1976年の改正時に、契約によっても放棄できず、著作者が一方的に行使可能な強行法規として規定されたのが現行の返還権です。

よって、返還権は法的に強い効果を持ち、契約で放棄できません。もし契約で永久的な譲渡として一旦合意したとしても、その条文自体が法的に無効とされてしまいます。

これにより、たとえば、古い契約で映画化権が売られた作品について、著作者側が一定期間後に返還を主張し、続編制作に影響を与えた事例が知られています(トップ・ガンなど)。


主要条文

  • 17 U.S.C. §203(1978年以降の著作物)

  • 17 U.S.C. §304(c), (d)(1909年法下の旧著作物)

基本構造(§203)

項目

内容

行使可能時期

原則:譲渡後35年

行使期間

5年間のウィンドウ

方法

書面通知(2〜10年前に通知)

対象

譲渡・独占的利用許諾

例外

Work Made for Hire(職務著作)は対象外←該当性が争われがち

作品がヒットしていようがいまいが関係なく全ての著作物に適用されるのが特徴です。この制度は、単に契約を無効にするだけでなく、成功した作品の利益配分の是正という観点には、文化的人格権(人権)/文化政策的な意味も認められます。



2. フランス──伝統的な権利保護の理念

一方、ヨーロッパ大陸では、アメリカのような契約ベースの返還権とは別に、長年にわたって創作者の権利を重視する制度がありました。

フランスで発展した「droit d’auteur(著作者の権利)」は、16世紀〜17世紀にさかのぼる出版特権制度を起源とし、個人の創作活動に対する人格的・経済的権利の保護を重視する伝統があります。

特にフランス法には「droit de retrait et de repentir(撤回・悔悟権)」という権利があり、著作者は一度公開した作品を流通から撤回し、利用者に補償をすることによって再利用を制限することができます。

これは、契約の有無にかかわらず、著作物の流通と利用について著作者の意思を尊重する伝統的要請を反映したものです。より人格権的な側面が強いと言えるでしょう。


3. ドイツ・EUの再交渉権──報酬の是正を制度化

近年、欧州連合は、こうした伝統的な著作者保護の理念を制度化しました。2019年に成立したDSM(デジタル単一市場における著作権に関する指令)指令20条です。これにより、再交渉権(報酬調整請求権)が導入されました。これは、契約当事者が予測できなかったほどの成功を収めた作品について、著作者が契約条件を見直すよう請求できる権利です。

この制度の特徴は、権利そのものは譲渡され続けるが、報酬配分については、成功後に是正が可能という点です。つまり、返還権が権利の再取得に重きを置くのに対し、成功後の報酬配分の公平化に主眼を置いています。ただ、どちらも経済的な公平化という目的は同一であり、これらの制度は、文化芸術のフェアネスを制度的に支えるための多国間的な取り組みとして注目されています。

なおこのDSM指令のもとになったのがドイツの著作権契約法です。ドイツでは1965年に著作権法が法典化された際から「ベストセラー条項」と呼ばれる、予期せぬヒットの際に報酬配分見直しを可能とする条項や、次に紹介する日本の出版権制度と似た「使われない場合の返還権」的な制度がありました。


4.実は日本にもある「返還権的」な仕組み──出版権

日本の著作権法には、アメリカの返還権やEUの再交渉権のような包括的な救済制度はありません。しかし、著作権法には出版権に関する制度が含まれており、契約類型としての「出版権設定契約」には、実は「返還権」と同じ精神を持つ要素が含まれています。

出版権契約では、著作権は著作者に留保される一方で、出版社に排他的な利用権を与えます。そして、出版社が一定期間出版を行わない場合や絶版状態を放置する場合には、著作者が契約の解除や権利の継続性を見直すことができるようになっています。

これは、独占的な利用権であっても「使わなければ独占的地位は維持できない」という制約をであり、実務上、権利が死蔵されることのないようにする仕組みです。

著作権の文化的人格権的(人権)的な側面や、表現の自由との兼ね合いでこうした制度が設けられていると考えられています。この点では、日本の出版権は、制度としては異なるものの、本稿で紹介してきたアメリカやEUの制度と同じ発想の延長線上にあると言えます。


5. 日本で実装可能な「返還特約付き契約」と使用例

日本ではまだ返還権や再交渉権の実現に向けた動きは活発化していませんが、出版権の考え方に沿う形で、日本の著作権において、出版契約以外でも、次のような契約設計が可能になります。

  • 著作権の譲渡あるいは包括的ライセンスを設定する

  • 一定期間を区切る(例:10年・15年など)

  • その期間内で実質的な利用がない場合、著作者が返還を請求できる条件を設ける

こうした「返還特約付き著作権譲渡/包括ライセンス」は、法改正を待つことなく、契約ベースで導入できます。創作者と利用者双方にとってのインセンティブのバランスを取りながら、作品の流通促進と文化的価値の発現を支える制度設計となり得ます。

また実は、既に大学や学会等、非営利的な学術の世界においては、リポジトリなどで学術上の成果を公開するときに、同様の返還特約付きの契約が一部使われている場合があります。

今後は学術と性質が近い、非営利的な芸術活動の分野でもこのような契約条項を取り入れるケースは増えてくるかもしれません。例えば美術館等が、作家の遺族から、残された作品や資料を丸ごと寄贈を受けるというときに、その後の作品の公開やオンライン・アーカイブの公開など際して再ライセンス権を設定した独占ライセンス契約を結ぶよりは権利譲渡や信託をしたほうが処理しやすいが、全く使われない場合は困るという迷いが生じることもあるでしょう。そのときに、一種の保険としてこの種の特約を利用するということがありえるかと思います。


返還特約が向いているケース

類型

理由

芸術文化助成案件

公共性・非独占性と親和

美術・写真・舞台

再評価・再上演が重要

キャリアの少ない作家との初期契約

交渉の潤滑油

国内限定事業

国際摩擦が少ない

返還特約が向いていないケース

類型

理由

大型映画・ゲーム

投資回収期間が長い

IP担保融資前提

権利不安定

グローバル配信

契約複雑化



6. 第三者対抗要件と著作権登録制度の活用

独占的な著作権契約に特約を設計する際には、第三者対抗要件の整理も重要です。権利関係を明確にすることで、事業譲渡やサブライセンス、担保設定などの場面での不確実性を低減できます。

その際、今はそれほど使われているとはいえない文化庁の著作権の登録制度というものがあります。これを活用すると、契約の存在、期間、返還条件などを登録情報として可視化することができます。

これにより、権利関係の透明化・安定化・第三者への周知を万全にすることができます。


7. 具体的な契約条文

以下は、よくある権利の包括譲渡の条文です。

第X条(権利の譲渡)

1.著作者は、本著作物に関する著作権(著作権法第27条および第28条の権利を含む一切の権利)を、本契約の定めに従い、譲受人に包括的に譲渡する。
2.譲受人は、前項の譲渡に基づき、本著作物を自由に利用し、第三者に利用させることができる。
※ 著作権法27条と28条の権利を含むことを明示しないと、翻訳・翻案権と二次的著作物の利用権が譲渡されず留保されてしまう可能性があるので注意しましょう

 

ここに、次のような条文をつけると、返還特約をつけることができます。ここでは例として「契約締結日から5年間、使われなかった場合に、次の日から5年間の間に返還請求できる」という出版権に近づけた建付けですが、これに限らず、他にも様々なパターンが考えられるところです。例えば事業期間終了後は自動的に返還するという、限りなくライセンスに近づけたようなやり方もありえます。また、利用の有無について譲受人からの年1回の報告義務を課し、報告がなければ報告期日の1年前から実質的利用がなかったとみなすというような、譲受人にとって厳しい規定の仕方も可能ではあります(が、その場合は通常、権利譲渡ではなく包括独占ライセンスが選択されるでしょう)。


第Y条(不使用を理由とする返還特約)

1.前条により譲渡された著作権について、本契約締結日から起算して5年間、譲受人による実質的な利用が行われなかった場合には、作者は、当該5年の期間満了日の翌日から起算して5年間(以下「返還請求期間」という)に限り、書面によって当該著作権の全部または一部の返還を請求することができる。

2.前項に基づく返還請求が有効になされた場合、当該返還請求の対象となった著作権は、当該請求の効力発生日をもって、著作者に再び帰属するものとする。

この条文の1項にある「実質的な利用」については、別途定義規定を設けましょう。

1.本契約において「実質的な利用」とは、次のいずれかに該当する行為をいう。
 ① 本著作物の公表、販売、上映、配信その他の商業的利用
 ② 本著作物またはその翻案物についての第三者に対する利用許諾
 ③ 展示、上演、放送その他、社会的・文化的に本著作物の価値を実現する利用

2.単なる形式的行為や、実質的な利用意思を伴わない行為は、前項の「実質的な利用」には該当しないものとする。

参考:返還特約付きライセンス条項(短縮版)

第X条(権利行使期間および返還特約)
1.本契約に基づき許諾した著作物の権利は、原則として期間満了日まで存続する。
2.前項に関わらず、許諾期間中において、当該著作物が実質的に利用されない状態が継続した場合、著作者は書面によって権利の返還を請求できる。
3.前項の請求があった場合、当該権利は当該請求の効力発生日をもって著作者に再び帰属するものとする。
※ 「実質的に利用されない状態」についての規定を別途設けることを推奨します

おわりに

文化政策や契約実務の現場で、創作者と利用者の利益調整は常に重要なテーマです。アメリカや欧州の制度から学びつつ、日本の法制度・実務慣行にもとづいた現実的な制度設計を検討することで、よりフェアな文化環境の実現に近づくことができるでしょう。

次回は、芸術家が民間事業者や公的機関から作品制作や何らかの原案制作の依頼を受ける際に、「芸術的な指揮権」を失わないような条項をどう追加するかについて検討する予定です。

1件のコメント


Mcl Bzzb
Mcl Bzzb
2月16日

This article provides a clear comparison of copyright return rights worldwide. I appreciate the insight on Japan’s potential to adopt similar protective measures. by toppsychicreviews

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