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【越境・横断のために】海外公演とAI時代に向けた法務知識 ——持続可能なクリエーションのための権利設計

  • 執筆者の写真: Arts&Considerations
    Arts&Considerations
  • 3 時間前
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アート分野における適正な対価の実現や労働環境の整備は、持続可能なクリエーションにとって不可欠なテーマです。今回は、領域横断的な制作、特に「国際共同制作」と「AIなどの先端テクノロジー」を活用するプロジェクトにおける、プロデューサーの法務戦略と権利設計(Rights Design)について取り上げます。

芸術的なビジョンがいかに優れていても、プロジェクトの初期段階で権利や契約の枠組みを正しく設計できていなければ、将来的な作品の流通や海外展開において大きな障壁に直面してしまいます。法律や契約は、クリエイターを縛るものではなく、文化や制度の異なる関係者間でフェアな協力体制を築くための「国際的な共通言語」として機能します。

■ 国内の権利設計:著作権と隣接権の二階建て構造、そして演出家の地位

海外に目を向ける前に、まずは国内の舞台芸術における基本的な権利構造について整理してみましょう。

舞台の上には、大きく分けて二つの権利が存在します。一つはゼロから作品を生み出した者が持つ「著作権」(脚本家や作曲家、振付家など)。もう一つは、その作品を実演等によって公衆に伝達する者が持つ「著作隣接権」(俳優やダンサー、演奏家などの実演家、そして音源を制作したレコード製作者など)です。日本の法律では、この「創る人」と「伝える人」それぞれに独立した権利が保障されています。

では、舞台を総合的に統括する「演出家」はどちらに当てはまるのでしょうか。日本の著作権法における伝統的な解釈では、演出家は俳優などと同じ「実演家(著作隣接権者)」として位置づけられることが一般的です。しかし、実演家としての権利には、元の作品をアレンジする「翻案権」が含まれていません。そのため、ある演出家が作った素晴らしい演出プランを、別のカンパニーがそっくりそのまま真似して再演したとしても、実演家の権利だけでは法的に差し止めるのが難しいという課題があります。

ここで重要になるのが「権利設計」の視点です。演出が、照明、音響、俳優の動きなど、様々な独創的な要素の組み合わせによって成立している場合、全体を「編集著作物」として構成し、著作者としての権利を主張するというアプローチがあります。プロデューサーとしては、将来の再演やライセンス展開を見据え、契約段階で演出家としっかりと話し合い、この「演出プランの利用権」を適切に処理しておくことが求められます。

■ 海を越えれば「日本の常識」は通用しない:権利構造のズレ

日本の国内法では「実演家にも強力な権利(著作隣接権)がある」という前提を確認しましたが、海外の劇場やカンパニーと協働する際、契約の解釈の土台となる「準拠法(どこの国の法律を適用するか)」が変われば、この前提は根本から覆ります。

その顕著な例がアメリカです。日本やEUと異なり、アメリカにはそもそも「著作隣接権」という独立した概念が存在しません。録音物は著作権の一種として扱われ、さらに録音物の「公開演奏権」が原則としてデジタル送信等に限定されています。「日本と同じように実演家の権利処理をしておけば大丈夫だろう」という見込みは、思わぬ権利の抜け落ちにつながるリスクがあります。

また、先ほど触れた「演出家の地位」についても、海を越えると扱いが大きく異なります。映画監督であれば、録画された映像として固定されるため国際的にも「著作者」として法的保護を受けやすい構造にありますが、生ものである舞台の演出家はそうではありません。 フランスやドイツなどの大陸法系の国では、演出に強い個性や独創性が認められれば独立した「著作物」として著作者の地位を得られるケースがあります。しかし、アメリカなどの英米法系では、俳優の立ち位置や出はけの指定といった「演出」はアイデアや手法の範疇とみなされやすく、法定の著作権で守ることが非常に困難です。

では、アメリカの演出家はどうやって自らの権利を守っているのでしょうか。彼らは法律に頼るのではなく、SDC(舞台演出家・振付家組合)などの強力な労働組合を通じた「契約」を最大の武器にしています。「この演出プランの所有権は演出家に帰属し、再演や映像化の際には必ず許可とロイヤリティの支払いが必要である」という条項を契約書にガチガチに組み込むことで、事実上の著作権と同等の利益を確保しているのです。法律が必ずしも守ってくれないからこそ、自ら契約によって権利を設計する重要性がここにも表れています。

■ アメリカ:労働協約(CBA)が担保する「持続可能な制作環境」

アメリカの主要なオペラハウス等と仕事をする場合、AGMA(米国音楽家労働組合)などの労働協約の遵守が求められます。

例えば、終演から翌日のリハーサル開始まで「最低12時間の休息(Rest Span)」を設けることが厳格に定められており、少しでも違反すれば高額なオーバータイム報酬が発生します。来年日本でも義務化される「勤務時間インターバル制度」と似ていますね。また、身体的接触を伴うシーンでの「インティマシー・ディレクター」や、殺陣における「ファイト・ディレクター」の起用も義務付けられています。これらは、アーティストの心身の安全と持続可能な労働環境を守るための合理的なシステムです。

■ 「固定(Fixation)」の壁と現場のガバナンス

英米法特有の概念に「固定(Fixation)」があります。日本法とは異なり、振付や演出は、ビデオ録画や譜面によって記録(固定)されて初めて法的保護の対象となります。

ここで実務上のリスクとなるのが、現場スタッフが「確認用」として自身のスマートフォンで無断録画した映像が、法域によっては「最初の固定」となり、意図せず権利発生の起点になってしまう点です。プロデューサーは、契約によって私的な録画を厳格に制限し、公式記録にはウォーターマーク(透かし)を付与するなど、現場のガバナンスとデータの適切な管理を行う責任があります。

■ AI時代の権利設計:コンセプトに基づく選択と柔軟な対応

現在、生成AIを用いたプロジェクトの権利処理は、既存の法律が完全には追いついていない領域です。AIに対する単なるプロンプト入力だけでは、人間の創作的寄与が認められず、出力物に著作権は発生しないと考えられています。そのため、高度なプログラミングを行うエンジニアとの協働においては、学習データの選別やパラメータの「選択・配列」に独創性があることを当事者間で合意し、権利を適切に集約させる実務が求められます。 また、先程ご紹介した「舞台芸術の演出家を著作権者と扱いたい際の工夫」と同様に、全体を編集著作物として保護していくような手法もあり得るでしょう。データを作品パッケージとして捉えて権利設計していく既存の手法と親和性がある考え方でもあります。

ただし、AIプロジェクトにおいて「何でもかんでも人間の権利としてガチガチに保護する」のが常に正解とは限りません。作品のコンセプトによっては、あえて権利を曖昧にしたり、オープンな形を残したりする方が適している場合もあります。プロデューサーは、作品の表現したいあり方についてアーティストと深く話し合い、それに寄り添った権利設計を行う必要があります。

非常に興味深い例として、音楽の著作権管理団体であるJASRACにおいて、AI的な名称の作曲者名が「実在の音楽家の変名(ペンネーム)の一つ」として登録を受け入れられたケースがあるそうです。これは、「現行の法律(人間しか著作者になれない)」と「作品のコンセプチュアルな表現(AIが作ったというクレジット)」の折り合いをつけた、非常にクリエイティブな実務と言えます。

また、提供されたデータ(声や身体の動きなど)が目的外のAI学習に無断で利用されないよう「オプトアウト条項」を設けるなど、アーティストの資産を保護することも重要です。今後は、二次利用を含めたフェアな収益分配(レベニューシェア)を設計していく視点が欠かせません。

「パブリシティ権」のように、当事者間・業界内での権利化が先行して法的保護の対象となり得ることを裁判所が認めた例もあります。また先程の英米法における、組合をバックとした契約によって著作者同様の権利を確保する例もありました。いずれも、当事者以外の第三者への効力としては著作権ほど強力ではないとはいえ、今後この分野は様々な形で実務での権利設計の工夫がされる余地があると考えます。

■ おわりに

法務知識の共有 法的知識や契約は、決して相手と対立するためのツールではありません。不確実性の高いプロジェクトにおいて、関係者全員が安心して持てる力を発揮するための透明な土台を作るものです。

アーティストが自らの権利を守る知識を持つと同時に、プロジェクトを推進するプロデューサーがこうした「法務知識」を深く理解し、実践していくこと。それが、新たな越境的・領域横断的な芸術が世界と対等に渡り合い、持続的に発展していくための鍵となるはずです。


参考書籍・資料


『エンターテインメント法実務 第2版』 骨董通り法律事務所 編著(弘文堂) 

舞台や音楽、そしてAIに関する最新の法的見解から、実務で直面する契約上の具体的な論点までを網羅した、エンタメ法務における必携の実務書です。


Pearle "The Ultimate Cookbook: Copyright Clearing for Live Events"

欧州舞台芸術団体連合(Pearle*)が発行する、国際ツアーにおける著作権クリアランスや、社会保障の適正処理に関する実践的な手引書。海外公演を企画するプロデューサーのバイブルとして機能します。


文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」

フリーランス新法への対応や、発注者が遵守すべき契約実務のモデルが示されています。 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/kiban/keiyaku_guideline/


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