不忍池は繰り返す-野村穂貴《運命は、アヒルのように、光を作す》
- 2月6日
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今年も卒業制作展の季節です。弊所代表の作田知樹は今年、母校(のひとつ)の東京藝術大学美術学部の同窓会「杜の会」にて、卒業・修了制作展の展示作品から優秀作を選ぶ「杜賞」選考委員に任じられました。この賞の受賞者については今後の発表と会報への掲載を待つとして、今回はその審査のために出身学科である先端芸術表現科の卒業制作展で目についた作品について紹介します。
上野公園の東京都立美術館、光量の落ちた通路を抜け、少し奥まった、照明を落としたエリアの中でいくつかの作品を見ていたときでした。ふと顔を上げると、床から見上げる高さに、巨大で、キッチュで、しかし妙に愛嬌のある白いアヒルが、静かにこちらを見下ろしていました。白い、一目で張子とわかる表面、漫画的に誇張された目、鮮やかなオレンジの嘴。造形としては「かわいい」に属するはずなのに、周囲は暗く、床面には銀色に反射する素材が水面がを模していて、全体がどこか落ち着かない。そんな部屋の中に、白い張子の肌、漫画的に誇張された目、オレンジの嘴のアヒル。いわゆる「かわいい」造形なのに、周囲は暗く、床面には光沢の“水面”が広がり、銀色に反射しています。よく見ると、会場すぐ近くにある上野の不忍池の輪郭が切り抜かれているのです。さらにそこから無数の細い“植物”が立ち上がり、ところどころが青白く発光している。脇の壁面には、キャプションとともに、古い雑誌報道と思われる紙面の複写がライトボックス状に浮かんでいました。
よく見ていきましょう。作品キャプションによれば、このアヒルは、1949年の不忍池埋立反対運動の際に“埋立反対のシンボル”として制作された張子の実寸での再現とのこと。当時、芸大だけではなく、上野動物園や東京都美術館など複数の文化施設関係者が結束したという、忘れられた史実の掘り起こしが本作の契機のようです。しかし、単なる再現ではなく、池から伸びる植物の光源には、中国・杭州の西湖で撮影した映像が用いられています。
作品が参照する1949年、不忍池には戦後、埋め立て・転用の構想が持ち上がり、反対運動が起きました。芸大に通っていた私も、明治期に不忍池が水田とされそうになった話をはじめ、上野公園周辺が新東京タワー(現・スカイツリー)建設候補地となったこと、新しい地下駐車場の計画など、幾度となく再開発の話が持ち上がっていたことは記憶に新しいです。しかし、戦後すぐの時期に、不忍池を埋め立てて国際スタジアムを建築する計画があったとは知りませんでしたし、この作品で参照されているような反対運動があったことにも全く無知でした。
中国・杭州の西湖の映像が使われているのは、不忍池が、文化人の間で中国文学に登場する「西湖」になぞらえられてきたことに由来します。例えば永井荷風の随筆「上野」では、不忍池が“小西湖”と、漢詩の引用を介して言及されていますし、さらに造園学の文献でも、不忍池を「小西湖(小さな西湖)」として縮景するという趣向に触れたものがあります。
作者は1949年の出来事を単独で扱うのではなく、また再開発反対運動の記憶を呼び覚ますだけではなく、場所に付着してきた複数のレイヤー(見立て、文学、都市計画、運動)を重ねることで、人々の文化的な視線が作り出してきた「不忍池」(を含む上野公園という芸大の足元の歴史)を浮かび上がらせているように感じました。
とはいえこの作品を見て強く残ったのは、やはり抗議の表象としてのオブジェの扱いです。巨大な張子アヒルは、人を驚かせはするものの、その次には威圧でも悲壮でもなく、むしろ親しみや滑稽さを感じさせます。顔つきだけではない、フォルム全体から受ける可愛さは、結束のための造形であることをアピールする書き文字を印象に残します。つまり「かわいいから政治ではない」ではなく、「かわいさが政治の媒介になり得る」ことも示しています。ボイコットやキャンセルカルチャーとは少しテイストが異なり、昔ながらのといいますか、ある意味で不格好な戦い方ではあるかもしれないのですが、そこに惹きつけられたのは面白い体験でした。
また直接的な言及はないものの、現代美術で「巨大なアヒル」と聞けば、多くの人がフロレンタイン・ホフマン(Florentijn Hofman)の《Rubber Duck Project》を思い浮かべるかもしれません。 ただし、ホフマンのアヒルが(多くの場合)祝祭性や都市の再開発と結びつくのに対して、野村が再制作したアヒルからは、「スタジアム建設」「公園の商業的な再開発」が、1949年から70年以上経ったいまも、全国各地で地域活性化の起爆剤として期待されている事象でもあり、過去というよりも現在と地続きな話とも感じました。
卒業・修了制作展ということで個人史や内面の言語から組み立てられた作品も多い。その中で本作は、リサーチを軸に、場所の歴史と記憶を編み直すタイプの作品でした。だからこそ、一見で入口を掴むのが難しい面もあります。実際、私が出会った瞬間の空間は、混雑する卒展の中ではむしろ少し閑散として見えました。それでも、単なる再現にとどまらなかったことで、目に留まる作品に達していたと感じます。ただ、単なる再現に留まらず、光源としての西湖映像や、床面の輪郭=不忍池という構造によって重層的な情報を与えようとしていた点は、強く評価したいところです。今後、都美のような展示条件(動線・照明・安全・音量等)の制約が薄い環境でこのテーマを継続発展した展示にチャレンジするなら、さらに大胆な展示技術と接続できる余地も大きいはずで、面白さはもっと伝わる――そういう期待が残りました。
参考:
永井荷風 上野(青空文庫)

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