視覚芸術の「アーティスト・フィー」とアンバランスな著作権について
- Arts&Considerations
- 2021年11月14日
- 読了時間: 5分
更新日:2月16日
いわゆる商業画廊ではない、公立美術館や企業スペース等での、作品販売を伴わない展覧会やイベントでアーティストに対して直接出品を依頼する際、主催者が渡航費や材料代(制作費)のみを支払い、制作や出品という労働そのものへの報酬(アーティスト・フィー)を支払わないことがあります。アーティストは新作の発表だけでなく、様々なやりとりや打ち合わせなどを行っているにもかかわらず、です。
このようなことが常態化している状況により、依頼を受けたアーティストが経済的、精神的ダメージを受けることも多くあります。ただ、これは昔から世界各地で起きている、極めて古い問題ですが、近年、再び注目を集めつつあります。なぜ今になってこれが主題化してきたのでしょうか?
この背景には、販売を前提としない形態の作品や活動が増加したこと、アーティストの経済的な不安定さ(多くはギグワーカーとして副業を持っている状況)、さらには経済格差の拡大と固定への批判などが考えられます。さらに、美術品の一部が資産家の節税対策に使われている(つまりは所得の再分配の潜脱手段となっている)ことへの不満も、その要因の一つでしょう。

2021年9月には、この問題をテーマにフィンランドの芸術機関が主催し、イギリスの美術家支援の非営利サービス「a-n」などが共催した国際イベント「Fair Pay for Artists: Exhibition Payment Symposium 2021」が開催されました。
視覚芸術の「アーティスト・フィー」について、最近国内でも議論が始まりつつあります。しかし、その動きはまだ弱く、実際にはアーティストの意思に反して支払われなかったり、ひどい例では支払いを約束していたにも関わらず後から翻されることも少なくないようです。今後はアーティストが主体となってアンケートなどを実施し、実際の被害状況を示していくことが必要になるでしょう。
ところで、美術の著作物若しくは写真の著作物の原作品の著作権者(≒創作者)は、その展示公開についての権利「展示権」を有しています。一方、著作権法第45条では、これらの物(美術の著作物若しくは写真の著作物の原作品)の所有者は、著作権者の許可を得ずに公に展示でき、さらに、そのまた所有者が許可を出して公に展示を行う場合、著作権者の「展示権」が働かないという「権利制限」を定めています。この制限はよく知られていますが、一方で、著作権者であるアーティスト自身が所有権を持つ作品の展示については「展示権」があるため許可を得ないで展示することは著作権法上、できません。この点は、ほとんど意識されていないのが現状です。
そのため現在は、「展示に出品する同意をした=作品の展示に同意した」という解釈で、著作者人格権上の公表権(未公表の著作物を公表するかどうか等を決定する権利)とセットで、美術展に出品するイコール、作品の公開に同意したという扱いになっていると考えられます。すると、あとは何の費用が出るかどうかは、互いの自由意志に基づく契約の内容次第ということになり、アーティストフィーという名目の支払いがなくても構わないことになってしまっています。
しかし、本来、著作財産権である「展示権」については、アーティストに留保されているのですから、展示にあたって展示権に基づくライセンス料を課しても、法的には全く不自然ではありません。むしろ「展示権」のライセンス料(美術著作物の使用料)としてアーティスト・フィーを支払うべき、という考え方もあります。実際、前述の国際シンポジウムでは、フィンランドにおけるアーティスト・フィーは著作権に基づくものと理解されていることが紹介されていました。
日本においてアーティスト・フィーが著作権に基づくものと意識されてこなかった原因の一つに、著作権の契約において、弱い立場の契約当事者を保護する制度が不十分であったことが挙げられます。法の世界においては、消費者契約法や下請法のように、契約自由の原則では搾取されてしまう弱い立場の契約当事者を保護する、特別な契約法制度があります。そして諸外国では、こうした考え方を、創作者も搾取されがちであるということに着目して著作権制度の中に実装してきたのですが、なぜか日本では(おそらく創作者の社会的地位の低さゆえに)きちんと入れてこなかったという歴史的な経緯があります。ドイツでは、契約における創作者保護ルールを「著作権契約法」と呼び、著作権法における重要な柱の1つとなっていますが、日本の著作権法ではこの視点が欠落していると10年以上前から指摘されてきました。先般開催された文化庁の有識者会合「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」の第1回でも、著作権法学者の上野達弘先生がこの問題に触れています。
このような制度の不備や、展示権の許可料を取らない慣習、そして作品の所有権が作家から移れば(権利制限がかかり)展示許可が不要になるという制度が続いてきたことにより、日本では「アーティスト・フィーを著作権に基づいて受け取る」という感覚自体が鈍ってしまったと考えられます。しかし、創作者の地位や利益を守りつつ文化を発展させるという著作権制度の中心目的を考えれば、アーティストが展示に際して許可料を得ることは、本来ごく自然なことです。
近年、フェアユースやパロディをめぐる議論も活発になっていますが、アーティスト/美術家の皆様もこうした議論に参加すると同時に、展示権に関する制度の見直しや、著作権契約における創作者保護制度の導入を訴えていっても良いのではないでしょうか。AI創作などの問題も含め、創作者が公益に貢献している役割に対して直接的な拒否権や請求権を得られない状況と、冒頭で申し上げたような経済的/精神的苦境について実態調査を行って改善を訴えるということとを重ね合わせ、(複製物でない)オリジナル展示物の制作を行うクリエイターや写真家等が協力してこうした問題についての法改正を訴えていくことで、現行の制度のに一石を投じられるのではないかと思います。